第7話 シロナたんハスハス――

◇◇◇


 そんなわけで――


「もう大丈夫かな?」


「はい、その、お見苦しいところをお見せしました。生きていられると思ったらホッとしちゃって……」


 そう言って恥ずかしそうにもじもじして見せる少女、というより幼女?

 よいよい。むしろあれだけ怖い思いをしたんだ。

 こうやって一人で落ち着きを取り戻しただけ大したものである。

 ところで――


「身体の方は大丈夫? 結構危ない状態だったから焦っていろいろ使っちゃったけど……どこか具合悪いところとかない?」


「え、あ、はい。その――おかげさまで。でも、いったいどうやって。祈禱師の方に見てもらってもなおらなかったのに……」


 恐縮するように上目遣いで私を見上げるシロナちゃん。

 その視線が僅かに落ちた時、彼女の整った顔立ちが強張ったのがわかった。


「――ッッ!!!? も、申し訳ありません!!」


 ふぇっ!? いったい何事!? そしてなんで土下座!?


「この度は命危ういところを助けていただき本当にありがとうございました。魔獣から拙を救っていただいただけでなく、見知らぬ拙に手を差し伸べて頂いて、なんとお礼を言ったらいいか……」


「いやいやいや土下座とかちょっとやめてよ。別に大したことというかそこまでされるようなことしてないって。私が勝手にやったことだし、なにもそこまでする必要は――」


「でも。――拙は、あなた様の貴重なポーションを使わせるような真似を」


「うん? ポーション? そんなものもって……あっ」


 小さな言葉を上げれば、彼女の気まずそうな視線が私の足元に注がれた。

 しまった。彼女はこの空き瓶を見てどういう経緯で助かったのか理解したのか――見かけによらずかなり聡い少女のようだ。


 助けておいて気を遣わせるなんてのは失敗だ。


 こういうのは相手に罪悪感を感じさせず颯爽と助けた感を演出するのがカッコいいのに。


「いや、そうは言うけどこれ貰い物というか、安物だから別にそこまで気にしなくても――」 


「あの、拙もそこまで頭はよくありませんが、そのポーションの残り香だけで優れたものだとわかります。ですのでそれは少し無理があるような――」


「じゃあ――たまたま適当に飲ませまくった安物のポーションが身体の中で化学反応で効いたというのは――」


「それならなおさら瀕死の状態だった拙の身体を『復元』するようなポーションが安物とは到底思えないのですが……」


 うぐっ!? 誤魔化したいのに全部見透かされてる。

 確かに嘘はあんまり得意な方じゃないけど、この子、見た目に反してというか、自信のない喋り方に反してちょっと頑固すぎやしない!?


「お願いです。拙のことは気にせず正直におっしゃってください。やっぱり、高価なものだったんですよね……」


「あああもう!! 結局バレちゃってるかー。……確かにコイツはそんじゃそこいらで手に入れられるものじゃないよ」


「やっぱり――」と呟く少女の顔が目に見えて青くなっていく。

 この分だと本気で弁償しますと言い出しそうな雰囲気だ。

 でも――


「別に気にしなくていいってのは私の本心だからそんな顔しない。貰いものってのもある意味ホントだし。さっきもいったけど私が助けたくて勝手にやったことだしね」


「そ、そうはいきません。父と母に受けた恩は一族の誇りにかけて死んでも忘れるなと教わってきました。こんな高価なものを頂いてなにもしないわけには――」


「でも、弁償しろって言われてもお金とかないんじゃない?」


「そ、それは――」


 言葉をかぶせるように首を傾げれば、堪らずといったような躊躇いが返ってきた。


 まぁ彼女の身なりの様子からしてからお金を持っているとは思えない。

 そんなものがあればあれほどガリガリにやせ細ったりしないだろうし、こんな危険な森のなか護衛をつけずに一人でうろついたりしないはずだ。


 それに搾取するなら余裕のある者からをモットーにしているエレンからしてみれば、私のファンならともかく、こんな子供からお金を巻き上げようだなんてアイドル以前に大人としてのプライドが許さないだろう。


「という訳で、このお話はこれでおしまい。もっと建設的なお話をしよう」


「あ、あの。でしたら、せめて拙と奴隷の契約をしてください。拙はいま、財産と呼べるものを全くもっていませんが必ず弁償します。だから――少しだけ待ってください。拙にはやらなくてはいけないことがあるんです」


 それでも必死に食い下がってくるシロナ。


 だーかーら、子供はそんなことしなくていいんだって。


 そう言ってタイミングを見計らってポンと頭に手を載せてやれば、ビクッと何かをこらえるように目を瞑ってみせるシロナの姿が。


「で、でも――」


「いいからいいから。それにね。私はそういった恩とか責務とかいう重めやつ? はあんまり好きじゃないんだよねー。ここは勝手に助けられた被害者Aってことで感謝してくれるとお姉さん的に嬉しいだけどなー」


 まぁこう言ってもこの様子じゃ納得はしないのは百も承知だ。

 なら金品以外の別の価値で恩を返してもらおう。

 という訳で――


「だったらさ。私の行いに少しでも恩を感じてるんだったらここは一つ。私の慈善活動に協力してくれないかな?」


「慈善活動、ですか?」


「そ、慈善活動。それで今までの恩はチャラってことでどう?」


「よくわかりませんが――何でも言ってください。受けた恩は死んでも忘れるなと両親に教え込まれてきました。拙ができることであれば必ずやり遂げてみせます!!」


「ほうほう。それは殊勝な心掛けだね」


 そうして純真無垢な獣っ子シロナの同意を得た私は、これ幸いとばかりに一歩二歩と怪しい手つきでにじり寄る。

 そしてその今にも折れそうな細く陶器のように透き通った肩をガッチリと掴み、


「さぁ、慈善活動を始めようか」


 そして動物的な本能がなにか不安を訴えたのか、一瞬逃げようとするシロナを確保すると、ワキワキと指を動かし逃れられない最終勧告を叩きつける。


 そして数分後。


 魔獣の住まう鬱蒼とする森の中に幼く可愛らしい悲鳴が響き渡り、後を追うように怪しげな笑い声が無情に木霊するのであった。


◇◇◇


 そうして同意も得たモフモフを堪能することしばらく。

 愛玩として何もかも愛でられたシロナがぐったりした様子で横たわっていた。


 よほど私のよしよしが相当心地よかったのだろう。

「うう、もうお嫁に行けません」というあたり満足はしてもらえたようだ。

 

「いやー、こっちに飛ばされてから色々慣れないことでストレスたまってたからいいいい気分転換になったわ」


 決してやましいことなどしていない。ただシロナの言う対価として癒しを徴収しただけである。


 そんなわけでどさくさに紛れて色々ペタペタと触診した限り、シロナの身体に目立った外傷は見られなかった。


 この子の性格からしてやせ我慢でもしてるんじゃないかと思ったが、どうやらあのポーションの効果は本物のようだ。

 念のため鑑定眼を発動して、シロナのステータスを確認してみれば、


【名前】:シロナ

【種族】:混成獣人

【職業】:なし


【力強さ】:200

【体力】:350

【器用】:500

【すばやさ】:500

【幸運】:1

【精神力】:1000


 うん、どうやらちゃんと薬が効いたようで何よりだけど、ステータスすっご!?

 【カナンの神罰】というよくわからない状態異常のせいで軒並みステータスが1になっていたのか。謎の状態異常が消えたおかげか、今では【幸運】以外は私の倍以上のステータスという驚異の数字を叩きだしてる。


 うわぁ……これで子供だというのだから末恐ろしい。でも――


「よかった~~ちゃんと治ってた」


「わひゃ!?」


 ガバッと感情のまま抱き着けば、目を白黒させたシロナの方から悲鳴が上がった。

 白い尻尾がピンと立ってるところを見ると相当驚かせてしまったらしい。

 反省反省。


「ああ、ごめんごめん。ちょっと感極まっちゃって……なんかシロナちゃんのステータスに【カナンの神罰】とかよくわからない呪いが引っ付いてたから、もうダメかもしれないと思って」


「え、なんで、それを――」


「うーんそれは企業秘密というか、私にはちょっと人に言えないような力があってね。ちょろっと覗かせてもらったんだ」


 鑑定眼持ちを風潮しない方がいいのは異世界転生のお約束だしね。

 でも――


「ああ、そんな顔しなくてももう大丈夫!! いまさっき確認したら完全になくなってたから。いやー完治してくれてほんとよかったよ」


「――直って、いるのですか? 拙の呪いが?」


「うん、バッチし。ステータス見る限りキレイさっぱし消えてるよ。いやーよかったよかった。せっかく苦労して助けたのに呪いで死なれましたーなんて冗談じゃないもんね。ほら、これ見たらわかると思うよ――」


 そう言ってスマホ状のステータス画面を渡してやれば、困惑した様子でスマホに視線を落とすシロナの口から「これは――」とか細い声が零れた。


「ね? 言った通りだったでしょ? って、え、ちょ――なんでそこで泣いちゃうの!? なに、あの状態異常って消したらダメだった? それとも調子に乗り過ぎてよしよしし過ぎたとか……」


「いえ、そうじゃなくて……ずっと許されないものだと思っていたので、その……嬉しくて」


 許されない、という言葉が意味するものがどういったものなのか、平穏な世界でぬくぬく過ごしてきた私にはわからない。

 でも「――そうですか。拙は、許されたんですね」と言ってポロポロ零れる涙を袖で拭ってみせるシロナの顔はとても嬉しそうで――


「なんだかよくわからないけど、頑張ったんだね」


 思わず撫でつけるように優しく白い頭に手を置けば、静かにスマホを自分の胸に搔き抱くシロナから無言の頷きが返ってくるのであった。

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