キャンディは砕かれていた③

 近現代史を五十分で駆け抜けた超特急の日本史が終わると教室中から「ああ」と誰からともなく声が漏れだした。それは教師も一緒であったらしくひどく疲れた様子で授業を締めると教室から去っていった。本日最後の授業だけあって後半からは睡魔との戦いとなったがなんとか打ち勝つことができた。


 教室の反対の方では和彦が机に突っ伏したままフリーズしている。この調子だとホームルームが始まるまで再起動は不可能だろうと思って視線を前に向けると、身体を四十五度ほど傾けて修善寺がこちらに微笑みかけていた。


「三木くんは明日なににでるの?」

「バレー」

「そうなんだ。私はバスケットボール」


 修善寺は楽しそうに言うが、スポーツが得意ではない僕にとって毎年この時期にある球技大会ほど面倒なイベントはない。名目上は生徒主催となっている球技大会であるが、実際にはテストもなく授業もほぼ終わった緊張感のない時期に生徒に運動をさせようという教師の思惑が透けて見えるものだ。


 クラス対抗で一年生から二年生が争うことになるが、クラスにどれだけ該当競技の経験者がいるかが露骨に結果に影響する。昨年は卓球部が妙に多いクラスだったためバレーやサッカーでは一回戦負けとなり午後からは卓球の試合が終わるまでダラダラすることになった。


「バスケうまかったっけ?」

「どうかなぁ。普通?」


 訊ねられても体育は男女別だから僕が知りようがない。ただ、僕が知っている小学校のころの彼女は運動神経が良かったように記憶している。身長だって女子の中では高いほうだ。


「普通ね」

「それはいいの」

「いいんだ」


 彼女は少しだけはにかんでから切り出した。


「女子のバスケは午後からなの」

「そうだね。午前は男子バレーで体育館を使ってるからね」

「つまりは、三木くんは午後からはほぼ暇なんでしょ?」

「奇跡的な勝利が続いて男子卓球が勝ち残ってなければね」


 和彦が卓球にエントリーしているため、もしも彼が勝利を重ねれば友人である僕は彼の応援に行かねばならない。修善寺は和彦よりも扱いが低いことが不満なのかじっとりと湿った視線をこちらに向けた。


「それって見てて楽しい?」


 単純に言えば楽しくはないだろう。トップ選手でもない。テクニックもしれている学生同士の泥仕合である。歓声を上げたくなるようなスーパープレーが見れるわけもない。さらに言えばむさ苦しい男子の試合である。女子と比べれば華やかさにもかけるに違いない。


「まぁ、楽しくはないよね。和彦の勇姿に興味があるわけじゃないし」

「じゃ、応援に来てね。約束」


 彼女はそう言ってくるりと前を向いてしまったので、こちらの反論は受付ないらしい。修善寺が前を向くと僕の目の前には僕の苦手な彼女の首筋が見えるだけだった。

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