[第7話] 不安いっぱい。でも楽しみが勝ります。

 怒涛の一日を過ごした翌日。

 憂鬱です。このまま眠っていたいです。ほんとにこの日がこなければ、いいのに。不安しかない。


 はじめてのおつかいの日。

 もうこれでいいです。


 街までは、空を飛んでいきます。

 魔女です。空を飛ぶのに必要なもの。そう、使い魔です。


 ほうきだと思いました?

 私も箒だと思ってました。残念ながら、私が認識する魔女とは本当に違いますよ。この世界は。


 ロホの魔女は、全員がケルピーと使い魔契約を行います。私は、5歳の時にイシュカと名付けたケルピーを使い魔にしています。

 

 他の氏族もそれぞれの地に住まう獣と契約をします。

 馬、狼、羊、猫、豚、蛇、鳥。そして、始祖様の鹿。これが魔女の使い魔達の獣種です。


「ブヒヒヒン。」

「うん。そう、近くの街までだけど。1刻くらいって言ってたけど大丈夫?」

「ヒヒーン。」

「ありがとう。がんばろうね。」


 イシュカとの会話です。使い魔となった獣は魔女と話ができます。他の種族にはわからないそうですが。


 解説します。

 最初の「ブヒヒヒン。(いよいよ。遠出ね。キルケ。)」とおっしゃり、「ヒヒーン。(任せなさい!!)」とおっしゃっておりました。

 頼もしい相棒です。


 イシュカは、だいたい70センチくらいでしょうか。まだまだこれから大きくなります。契約の時は、とても小さかったのですが、この一年で私を乗せて空を駆けるくらいになっています。使い魔になると成長が早いです。


 野生のケルピーと使い魔の違いは、色々あります。

 湖の中で生活し、水草だけ食べる野生のケルピー。使い魔になると何故か雑食になります。

 姉の使い魔であるアッハさんは、大酒飲みですごく辛くて酸っぱいサワクトという野菜と肉を煮込んだ料理を好んで食べます。よくあんなの食べられるものです。私もイシュカも嫌いです。


 他に野生と違うところは、魔女の魔力を食べる事、身体の大きさを変えられる事、空を駆けること。それと先程のように魔女との会話できることくらいでしょうか。


 赤ん坊の時に初めて見たケルピーさんは、アッハさんでした。

 家に入るために身体を小さくして、私をあやしてくれていたそうです。私にとっても、イシュカにとっても、頼りになるお姉さんです。


 いつものように顔を洗い、朝食を食べます。ここまでは普通の日常です。

 こう言ってしまうと、往生際が悪いですね。どうすることもできないのですから、ポジティブに考えましょう。


 明日は、楽しい祭りにいくのです!さあ、準備、準備!!


 昨日のファションショーで決まった民族衣装を着て、腰にはポーチ。ケープマントを羽織り、とんがり帽子をかぶれば、お出かけバージョン、キルケの出来上がり。

 お泊まりセットや必要なものは、ポーチの中に入ってます。異世界必須のアレです。


 準備も整った頃、ちょうどよく、母に呼ばれます。


「キルケ。準備できた?」

「はーい。今いくー。」


 イシュカと玄関のドアから、出ると皆が待ち構えていました。


「お使い頑張んなさい」と励ましや「ハンカチ持った?忘れ物ない?」と心配してくれたり、「私のキルケがお嫁に行ってしまう」とか、賑やかなお見送りです。

 最後のはスルーです。何を言っているのでしょう。曾祖母は。


 私は、イシュカの背に跨ります。


「ママ!みんな行ってきまっしゅ!」

「はーい。行ってらっしゃい。」


 こうして、顔を赤くしながら、空を駆け上がっていきます。



 --



 ロホを飛び立って、湖の周りの森の上を飛んでいます。この場合、イシュカの前脚が空を蹴っているので空を駆けていると言った方が正しい表現でしょうか。どっちでも同じですね。

 持たされた地図を開き、太陽と月、示された目印のふたコブの山を確認します。


「えーと、太陽と月の位置確認。あー、双こぶの山はあれだね。えーと、方角はあってるね。イシュカ。そのまま向かって。」

「ブルッ。」


 森を終わり、草原と川と小高い台地が見えてきました。森から続く川の左側が草原、右側には、川に沿って、7,8メートルの崖に崖が続きます。崖に沿って、進んでいたら、何やら賑やかな音楽が聴こえてきました。なのに街が見当たりません。

 一度立ち止まり、少し上昇して見渡します。高いところからなら、遠くまで見えますしね。

 

 見当たりません。

 地図によると川と台地の境目あたり、街が描かれています。川沿いにも、台地の上にもありませんでした。


 今度は、下降してみます。

 すると、崖が続く中に大きな窪みがあります。その窪みの中にすっぽり入るように街が作られていました。

 いきなり横に街が現れたのです。こんな所に街を作られるとは思わない場所です。

 『上部の岩が崩れたら。』と考えると怖くて住めなそうにない街バル・フォイルです。


 街は裏側は窪みの岩、前は街壁で囲まれています。

 このままイシュカで壁を超えて、街中に降りるわけにはいかないので、門の手前で降りました。


「ヒヒン。」


 イシュカがいななくと身体を小さくなり、私の肩に乗ります。そして、緊張しながら、街の門に近づきます。


「ようこそ、小さな魔女さん。ひとりかい?お母さんとか一緒ではないのかい?」

「こんにちわ。ひとりです。お祭りを見に来ました。」


 と、門兵さんの問いに私は答えました。


 使い魔で颯爽と降りてきたのをみれば、魔女だとわかるようです。ただ、幼児ひとりなので驚いたようで空を見渡しながら、付き添いの人はいないのかと確認しています。

 目の前の門兵さんと会話してるうちに門の近くにいた人が集まってきます。魔女が珍しいのでしょうか。


「そうなのか。魔女がこの街にくるのは数年ぶりだね。湖に住む魔女の子かな。よく来たね。」

「はい。ロホに住んでる魔女アリュブレ、ターフニス、トームフル、キュヘトカの娘、キルケです。」


 習った通りに指を折りながら、4節にして、自分の氏族名を言います。

 集まって来た人は、私の自己紹介に微笑みながら、「いらっしゃい」とか、「カワイイ」とか、「こんな娘が欲しい」とか言ってくれます。

 歓迎されてます。緊張が解けました。よかったです。


 そんな中、対応してくれた門兵さん。以後、門兵Aにしましょう。その門兵Aが私に尋ねます。


「カーマ様やナナト様は知っているかい?この街では有名なんだよ。」

「ママとネーネのことだよ。知ってるの?」

「おおーー。」


 集まった人たちがどよめきます。門兵Bと街人AやBがこの街に来た母と姉の話を教えてくれました。


「この街は10年前ほどに大雨の影響で川が氾濫したせいで多くの犠牲者がでてね。そのせいで疫病が蔓延したんだ。カーマ様とナナト様が魔女の薬をくれたおかげで多くの人が救われたんだよ。あの時は本当に助かった。」

「私の妹や弟も魔女様がいなかったら、この世にはいなかったわ。ありがとう。」

「村からもたくさんの魔女様たちが食料を運んでくれたりしてな。あれが無ければ、この街は終わってたよ。本当にありがたい。」

「そもそもカーマ様はお腹が大きくなってたのに。あの時のお腹にいたのはキルケ様かね?」


 私が生まれる前でなにもしてないにも関わらず、お礼を言ってくれます。母や姉、ロホの氏族を誇りに思う気持ちでいっぱいです。

 ちなみにお腹にいたのは私です。魔女族は他の種族と違い、妊娠期間が異様に長いです。色々な要因があるそうですが、平均50年ほどでしょうか。長ければ長いほど、基礎魔力量が増えるそうです。私の場合は80年くらいと言ってました。

 なので、人族であった父には、会えませんでした。もし、会えていたら、ヨボヨボのおじいちゃんだと思います。それと魔女族は夫が他種族なのですが、生まれてくる子は全員魔女族です。

 この街には、私が母のお腹にいる状態で来たようですね。そんな状態で働いていいのか疑問です。


 そのあとは街の見どころや、人気の屋台店などを教えてくれました。


「色々教えてくれてありがとうございます。」

「キルケ様。祭りを楽しんでくださいね。」

「何かあったら、すぐに駆けつけます。」

「ありがとう。」


 はじめての街。はじめてのおつかい。はじめてのお祭り。

 とても楽しみです。

 ドキドキしながら、街に入るのでした。




 ------

 Side: とある門兵さん


 俺が住むこのバル・フォイルで昨日から、「収穫の感謝を女神様に捧げるお祭り」が始まった。

 旨いメシ、旨い酒、音を奏でては、踊り明かす。これが7日も続く。

 長いだろ。俺もそう思う。


 これには訳がある。


 遥か昔、近くの国で政治的に迫害されて逃げてきた者によって、この街は作られた。この崖の窪みにあるのは奴らに見つからないようにするにはちょうどよかった。

 見つからないまではよかった。だが、見つかった。見つかったからには、奴らは攻めてくる。

 5年続く戦だったそうだ。


 国に比べようもない小さな街だ。人数だって、比にならない。だが、俺らの先祖は勝った。

 奇跡が起こり続けたのだ。


 そう、攻めてくるたびに目の前の川が叛乱し、敵を壊滅させる。これが何度も何度も起こるのだ。

 神の奇跡だと言っていたそうだ。


 とうとう国も諦めて、和平となった。

 先祖たちは、完全独立を勝ち取った。この独立を称えた祭りが大元となっている。


 3日間、旨いメシ、旨い酒、音を奏で踊る。今と同じように祭りが行われたそうだ。

 そして、4日目、前日と同様に祭りは続いた。その中でひとりの男性がある女性に求婚をした。

 いつ攻めてくるかわからないのが常日頃だったのだ。争いで不安の中で求婚などできなかった。そして、独立を祝う祭り。

 まさに求婚するにはふさわしい日だったのだろう。


 皆が見守る中、女性は求婚を受けた。

 その瞬間、静けさから二人への祝福の嵐が舞い込んだそうだ。そして、そのことを見てた若者たちが一斉に思い思いの女性へ求婚がはじまった。

 無残に振られる者もいたそうだが、たくさんの夫婦の誕生。

 そこで、次の日は結婚式となった。

 

 祭りは独立を祝う3日。求婚式1日。そして、集団結婚式の1日で5日となった。

 百年は時が流れ、近くの国とも、良好であることから、独立を祝う祭り3日から、この地域の肥沃な大地から取れる作物に感謝する祭り3日となり、「収穫の感謝を女神様に捧げるお祭り」と名称も変わった。こうして、5日間の祭りが続いていた。

 

 だが、10年程前、川に守られてきた我々は大災害を被ってしまう。

 川の叛乱だ。これによって、多くの人が亡くなり、疫病になり、備蓄は流れる。この街は終わるとも思ったものだ。

 

 誰もが絶望を感じる中に救いはあった。偶然にも通りかかった魔女様。

 魔女様によって、我々は助かった。


 「魔女様に感謝を捧げなくては。」と言うことになり、女神に感謝を捧げる3日。求婚式1日。そして、魔女様に感謝を捧げる2日。集団結婚式の1日

 の7日になったのだ。


 そして、魔女様に感謝を捧げる日が加わってから、初めて、魔女様が訪れた。

 救ってくれた方々ではなかったが、カーマ様の娘であるキルケ様。


 これは、街のみんなに伝え、盛大にもてなし、感謝を捧げなくては。

 早速、街に向かって走り出し、叫ぶ。


 「魔女様が御降臨された!!みんな、魔女様が御降臨された!!!」

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