第4話 抱擁

「ヘレナ様、恐れながら鎖を巻かせて頂きます。これは貴方とシルビィ様の身を守る為だとご理解ください」


 そう言って兵士の一人がお姉様に近づこうとする。ただでさえ囚人のような扱いを受けているお姉様をこれ以上縛ろうだなんて許せない。こうなったら王子を殴ってでもーー


「おい、待て。近付く前に防御魔法をかけておけ」

「そ、そうだな。それにもっと坊具を」

「全身甲冑があるからそれをつけよう」

「盾は? 一番デカいのを持って来い」


「「…………」」


 えっとこの人達は何をやっているのかしら? 


「なんだ貴様ら、縛られている女一人を相手に何をそんなにびびっているのだ?」


 ロロド王子の言い方は腹立たしいが、実際兵士の反応はちょっと、いや、かなり異常だ。あんなに重々しい枷をつけられているお姉様を前に何故、魔法をかけあったり、凄く重そうな鎧を馬車から引っ張り出してくる必要があるのかしら?


 だが王子の叱責も耳に入っていないのか、兵士達はまるでこれから戦地にでも赴くかのような顔で重装備を身に纏っていく。そして魔法がきちんと掛かっているか、仲間同士でしっかりとチェックを行う。


「よ、よし。出来た。それじゃあ、その、い、いくぞ」

「あ、ああ。俺はこっちからだ」

「そっとな、そっと」


 そうしてようやくお姉様へと鎖を持って近付いていく兵士達。……って、いけないわ。妙な行動に見入って危うくお姉様に鎖を巻き付けるだなんて暴挙を見逃すところだったわ。


「止めなさい! 貴方たーー」

「GAAAA!!」

「きゃっ!? な、何?」


 それは大地を揺るがす咆哮だった。お姉様を中心に地面にいくつもの亀裂が走る。それだけでも信じられないのに、お姉様の手足を拘束している頑丈そうな枷にバキリ、とヒビが入った。


「う、嘘だろ? ヒヒイロノガネで作られた手錠だぞ? そ、それを……」


 ヒヒイロノガネって、確か大陸で最も硬いと言われている鉱物よね? 魔物を拘束するのに使う。それを単純な腕力で壊そうとしている? というかたった今壊れた。粉々に。


「ひっ、ひぃいいい!? か、怪物だ! 殺せ! 何をやっている? その怪物を今すぐに殺せ!!」

「ロロド王子、なんてことを! 命令を撤回してください!」

「だ、黙れ! 私に、こ、この私に何かあったらどうする気だ!?」


 尻餅ついて凄むんじゃないわよ、馬鹿王子。お姉様は誰も襲ったりしないわ。


 それを証明する為にも、ううん。そんなの関係なく、初めからこうするって決めていた。


 だから私は走った。お姉様に向かって真っ直ぐに。


「き、危険です。シルビィ様、お止めください!」


 危険ですって? 確かにあの力で殴られでもしたらひとたまりもないわ。でも絶対にお姉様は私を傷つけない。その確信がある。


「ヘレナお姉様!」


 あと少しで触れられるという所でヘレナお姉様がこちらを向いた。相変わらず髪に覆われていて表情は分からない。兵士が言っていた刺激を与えるなというお父様の言葉が脳裏をよぎる。でも構わない。構うものか。


 私はお姉様を力一杯抱きしめた。


「会いたかったです。よくぞ、よくぞご無事で。ヘレナお姉様」

「GA、A? し……ぃ」


 それは掠れた声だったけど、間違いなく私の名前だ。私の名前を呼んだんだ。


「はい。はい。シルビィです。シルビィですお姉様。ああ、お会いしたかった。ずっと、これからはずっと一緒です」

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