第24話 シャーロットという少女


 シャーロットは惑星カスターグナーのとある地方都市で生まれた。管理された街は安全で、教育水準もそれなりに高い。高層ビル住宅群、手入れの行き届いた公園。どこででも見かけるような光景に、可もなく不可もないありふれた毎日。

 けれど、それも彼女が生を受けてたった三年で終わりを告げた。

 両親と出かけた先で、運悪く派手に転倒したシャーロットが大泣きした時、周りの通行人は激しい頭痛や身体の痛みを感じて崩れ落ち、細い街路樹はなぎ倒され、路面側の多くの窓ガラスが吹き飛んだ。

 街は騒然となる。その一角は直ちに封鎖され、テロかもしれないと特殊機動部隊までもが乗り込んできた。けれど何一つ発見することはできず、脅迫も声明文も上がることはなかった。市は大いに困惑し、怪事件として上へ報告されることになった。そしてその報告書に連邦捜査局が目を留めた。


「犯人を思わせる物証はなし。被害は街路樹と窓ガラス……」


 派遣されてきたのは、銀河内戦の英雄、サー・リチャード・デボンフィールドとそのチームだった。まさかの人物の登場に市の警備部は騒然となる。けれどリチャードは気にする風もなく、手渡された資料をパラパラとめくった。ある一点でその視線が止まる。彼は傍に立つ職員に話しかけた。


「この子は? 怪我は膝だけですか?」

「ええ。私が病院に行った時もけろっとしていて、頭が痛かったりするかなという質問にも首をかしげるばかりでした。まだ三歳ですからね、よくわからないんでしょう」

「そうですか。ありがとう。念の為このリストはいただきますね。関係者宅へ訪問することになるかもしれませんから」

「はい。大丈夫です。あとの書類も全てまとめてあります。あちらです」


 リチャードは頷き、礼を言うとすぐにチームを集めて小会議室に入った。


「捜査局の見立て通り能力の暴走だな。まだ未知数で、これくらいの被害で済んだことは不幸中の幸いだった。俺は彼女じゃないかと思うんだ」


 手渡されたリストに目を通したチームメンバーは唖然とする。


「三歳の、女の子……」

「マジですか大佐!」

「ああ。間違いないだろう」

 

 あの日、病院に搬送された中にシャーロットとその両親もいた。両親はともに気を失っていたけれど、シャーロットは大泣きしつつもいたって普通だった。

 リチャードは重い溜息を吐き出した。

 

(フェル、どうしてこう世の中っていうのは不公平なんだろうなあ。望まないものが人の一生を変える。狂わせる。神様と言うのはずいぶんと俺たちに厳しいじゃないか。これもみんなお前の言う580の徳を積むためなのか? 多くの犠牲を払った者は、違う宗派に属していても、天界の花園に迎え入れてもらえるのか?)


 シャーロット・ティナ・オーウェン。三歳。プラチナブロンドで薄く透き通ったグレーの瞳。大きくなったら美人になるだろうなとリチャードは写真に笑いかけた。守ってやりたいと心から思った。それが彼らの出会いだった。 


 初めて体験する痛みで我を忘れ、己の力を放出した少女は、街路樹を傾かせ、ガラス窓を粉砕した。それでもまだ、人の脳にダメージを与えるほどではなく済んだのだ。ギリギリのラインだったと上層部は胸をなでおろした。

 力の加減を知らない幼子は非常に厄介だ。力そのものはまだ未熟でも、その使い方について理解できていなければ何が起きても不思議ではない。予期せぬ時に暴走すれば、ちょっとした災害にも等しい惨事につながる可能性もある。


「すまないな。だが、お前のためなんだ。わかってくれ」


 リチャードはシャーロットの両親との面会を望んだ。想像もしていなかった娘の能力に両親は言葉もない。そんな彼らを痛ましく思いながらも、娘さんを我々に預けてくれないだろうかとリチャードは切り出した。

 連邦政府から派遣された誰かが四六時中見張るわけにはいかず、といっていざという時には両親では無力だろう。幼い彼女を両親から引き離すのは忍びなかったけれど、それしか方法がなかったのだ。

 フェルナンドの時と同じように隔離し、本人に自分が何者であるか、どうすべきかを教えていかなければいけない。すでに多感な少年期に入っていたフェルナンドは長く反抗的な態度を取り、最後まで自分の運命を呪い続けた。それに比べてシャーロットはまだたったの三歳だ。理解するには時間がかかるだろう。けれどそれは逆に、彼女がこの異常事態に馴染む可能性が大きいことをも意味する。

 リチャードは自分の相棒が同じ体質を持ち、それゆえに苦しんできた全てを知っている。だからこそ、シャーロットを助けたいのだと心から訴えた。自分にならそれができるのだと。大切なその相棒を失いながらも、銀河のために力を尽くした英雄の言葉に、両親は苦渋の選択をした。


 機械のように扱われるのなら、人里離れた場所に家族だけで移り住んでもいいとも思ったけれど、そんなふうに隠れて暮らして娘に何が与えられるだろうか。けれど今ここで、泣こうが喚こうが恨まれようが、サー・リチャードに娘を託せば、彼ならきっとシャーロットを救ってくれる。きちんとした教育も、親代わりの優しさも、きっと与えてくれるだろうと、そう考えたのだ。

 

「ティナ、忘れないで。どこにいても、いつまでも、私たちはあなたのことを愛しているわ」


 その後、リチャードが我が娘としてシャーロットを育てたのは言うまでもない。最初の頃こそ、訳が分からず帰りたいと泣き叫んで暴れ、力をやみくもに爆発させかかったシャーロットも、まっすぐにぶつかってくるリチャードにやがて心を開くようになっていく。

 

 シャーロットの特別体質はフェルナンドと同じく、人でありながら高周波を放出するというものだ。それも超音波級のものであり、いわば兵器にも等しい。敵方からの周波数を相殺できるのは言うまでもなく、それを瞬時に取り込んで自らの力を加え、跳ね返した先で爆発させることも可能だ。

 けれどそれは一人でいる場合に限られる。度を過ぎた高周波の放出に一般市民を巻き込めば大惨事になるからだ。それゆえ公共の場での力の放出は認められなかった。

 有事に遭遇した際は、まず防御ゼロの状態で取り込む。それが何でどれほどのものか。そのあと判断を下し、装着したピアスを発動させて、事故を起こさない程度に抑えられた高周波を使い場を安定させる。周囲に影響しないように行われるそれらのプロセス中、一切の攻撃は自らが引き受けるということだ。高周波に対する免疫があるとはいえ、やはり無抵抗ではダメージが大きい。


「僕はいわば連邦の飼い殺しさ。このピアスが僕を守るだって? 違うだろう。僕を押さえ込むんだよ。それでいて、いざとなれば前線のど真ん中に、銀河を背負って戦えと放り出されるんだ。今度こそ全力でいけとな。使い捨ての凶器みたいなものさ。お偉いさんたちはさあ、僕が自分たちに牙を向くなんて考えてないだろうけど、あいにく僕はあの人たちが思うより高性能でね。腹が立ったら、敵艦どころか全自軍も巻き添えにするくらいはできるんだよ。まあ、リックやみんながいるかそんなことはしないけどね」


 彼らが装着するピアスは高周波の調整をするための必需品。けれど同時に能力の暴走を食い止めるための手段であったりするのだ。それを忘れていいのは全出力を許可された特別任務時だけ。

 遠い日のフェルナンドの言葉を思い出し、リチャードは同じ轍は踏むまいと心を砕いた。

 シャーロットが自身を憎み卑下しないよう立場を与え役割を与え、常に自分のいく先々に同行して己を信じて生きる姿を見せ続けた。過酷な環境下、絶体絶命の窮地、自分を信じられなければそこで死ぬまでだ。

 どこかの誰かの勝手な都合なんかで、明日のスケジュールをダメにされていいのか? 美味しいレストランに行くんじゃなかったのか? そんな理不尽なこと許しちゃいけないだろう。そう笑いながら、いつだってリチャードはシャーロットの背中を押してきた。


 そして、そんなシャーロットがリチャードから学んだものはそれだけではなかった。家では柔和なリチャードも、部隊ではトップならでは威圧感を放つ。駆け引きにおいても百戦錬磨、鋼のような精神力と完璧なポーカーフェイスからは何一つ読み取ることはできない。

 いつの頃からか、シャーロットはリチャードと同じように心を隠すことが上手くなっていた。氷のような表情を見せて人を圧倒し、翻弄するのだ。女の子なのだからもっと笑っていなさいとリチャードが苦言を呈すれば、これがあれば心が壊れそうな時にも耐えられるからと返されて、最後には頷くしかなった。シャーロットがリチャードの保護下から出た時、彼女を守るものがあることは大きい。こうしてシャーロットの氷の仮面は日々研鑽されていったのだ。

 シャーロットが「アイスプリンセス」と呼ばれていることを、リチャードも知っていたけれど、あえてそれについては触れなかった。過去の経験のせいか、人との接触を極端に避けるシャーロットにどんな形であれつながりができることは望ましいからだ。 

 嬉しくない二つ名だろうけれど、それがある限り、周りが自分を意識していることを嫌でも感じさせられるだろう。どんなことでもいいのだ。そこからほぐれて始まるものがあるかもしれないとリチャードはそれを願った。

 

 そんな二人の前に、マローネ3が浮かび上がったのだ。その力はまさに、シャーロットが、フェルナンドが秘めたもの。


「おいおい、これはまた……お前そっくりだな、フェル」 


 リチャードにはすぐにそれがフェルナンドの作ったものだとわかった。リチャードを地獄に引きずりこむために、フェルナンドは命をかけたのだ。己の遺伝子を組み込んで、愛する花として育て上げた。

 植物兵器マローネ3はフェルナンドの分身。そして、それに拮抗する力を持つのはシャーロットのみだ。この戦いは、彼女にとっても自分にとっても、大きな転機になるに違いないとリチャードは感じた。

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