第35話 六月二週(④)
松本の説教を甘んじて受け入れたかに見えた日置だったが、所々で茶々を入れて、火に油を注いでいた。
とは言え、松本も本気では怒っていない。
日置に対しては面白おかしく突っ込みを入れて、笑いを取っている。
クラスでは少々冷たい印象を受けていたが、話しているうちにそんなイメージは全くなくなった。
「いや、本当に松本さんには感謝してるんだって!」
「……ホントに?」
「本当だよ! 心の中では先生だと思ってる!」
「だからそれ『女教師』ってことじゃないの! 私のとこ馬鹿にしてる!?」
「そんなことないから! ちょっと眼鏡してみてさ、そう、その四角っぽい眼鏡」
「……こう?」
日置に言われるがまま、眼鏡を掛け始めた松本。
その姿に、普段以上の知的な印象を受ける。
「そう、うお、やっぱり似合うなぁ~」
「そ、そう?」
「なぁ、遼太郎?」
「あ、ああ」
「住田もそう思うだろ?」
「お、おぅ」
「南さんも」
「う、うん」
「みんなも言ってるから。素敵で知的なんだって」
「ちょ、ちょっと」
「その眼鏡は松本さんに掛けられるために生まれてきたんだ」と周りを巻き込みながらのたまう日置。
松本は照れた様子だが、まんざらでもなさそうだ。
「実は眼鏡屋さんも似合うって言ってくれたんだ」と言うが、多分店員なら誰しもがそう言う。お世辞ではないと思うが。
「な? 俺思ったことしか言えないから。それで、人差し指で、クイってやって」
「こ、こうかな?」
「いいね、カッコいい! 次はキメ顔で!」
「……こう?」
「出たっ! 女教師っ!」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!? 心の中どころか直接言ってるじゃない! 絶対許さないから!!」
そんな松本を見た南は、「千恵、乗せられやすいんだ……」と言い、俺はその意見に心から同意した。
そんな流れを何度か繰り返した後。
「あ、バスの時間だわ」
「その話、何回するの」
「いや、マジ」
「あ、ホントだ。もうこんな時間」
夢中で話し込んでいたのだろう、俺達が帰宅すべき時間になっていた。
「まぁ気を付けて帰りなよ。俺はキミタチと違って家すぐそこだから」
住田は立ち上がってそう言った。
『らーめん花矢』から見ると、住田の家は駅とは逆方向にあるらしい。
話を聞くと、住田と松本は電車を使わずに帰れる距離だ。
「やべっ、雨降り始めてるじゃん」
外に出ると、本降りではないが、雨が顔に当たった。
雲行きは怪しく、雨はこの後、止みそうにない雰囲気だ。
「強くなったら嫌だな……。ちょっと急ぐか」
「あ、じゃあ、さよなら」
「じゃあな」
挨拶もそこそこに、南と日置と一緒に小走りで駅へと向かった。
「じゃあね。あ、最後に合格おめでとう!」
松本がそう言ったので、「ありがとう!」と俺は声を上げ、日置は片手を上げてそれに応えた。
――
日置と別れ、駅のホームで南と電車を待っている。
「傘はある?」
「いや……。南は?」
「私も今日はないんだ。コンビニにはあるだろうけど、そこに行くまでに濡れちゃうよね」
「参ったな……」
電車を待つ間にどんどんと強くなっていく雨を見ながら、途方に暮れていた。
俺一人なら濡れながら帰っても良いが、さすがに南にそれは酷だろう。
俺がコンビニまで行って、傘を買って駅まで戻ることを考えた。
さすがに今から駅を出たら電車に間に合わないだろうし、地元のコンビニも駅から若干離れている。
となると、南を一人で待たせることになるし、俺だけが濡れてしまうのを良しとしないだろう。
「しょうがないか。親呼ぶよ」
「あ……。それでいいか」
親に車を出してもらって、駅まで迎えに来てもらう。
南と一緒に帰る前提でいたので、すぐにその発想が出てこなかった。
南がなんとかなるのであれば、俺は雨の中を自転車で帰ればいい。
水と生きる、だ。
「あ、もしもし、お母さん? ちょっと雨が降ってきちゃって、そう、もうこれから電車に乗るところだから、着く頃に駅までお願いしても大丈夫?」
善は急げとばかりに、隣で南が電話を掛け始める。
相手は母親のようで、あっという間に話がまとまっていく。
追試の合格について、帰り道であらためて感謝を伝えようとしていた俺にとっては少々残念だが、これが最善の方法だろう。
何となくその話を隣で聞いていたが、最後の南の言葉に俺は大いに驚くことになった。
「……うん、よろしく。あ、クラスメートが一緒だから、そのまま一緒に乗せてって」
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