第21話 五月四週
中学時代の俺は、放課後や休日の予定があまりなかったので、その時間を潰すべく筋力トレーニングに励むことが多かった。
学校で気分が悪くなるような出来事があっても、重たいダンベルを振り回したりして汗を流すと、不思議と気持ちが落ち着いたのだ。
そうした生活を送っていると、勉強にも身が入った。
学校では割と真面目に授業を受けており、自宅での学習時間は大したことはなかったが、それでも成績は上から数えた方が早かった。
……俺って地頭が良い。
そんな風に思っていた、数か月前の自分を張り倒したい。
――
「実数、命題、真偽……?」
中間試験の前日、午後八時三十分。
聞き覚えのない単語が並ぶ高校数学の教科書を開き、何とか理解すべく睨み合いを続けるも、程なくして白旗を上げる。
これは一日でどうにかなるものではない。
「水兵リーベ……? ヘイヘイリーベじゃね、この並び……?」
俺が遊んで過ごした二か月の間に、化学は目覚ましく発展したようだ。
俺の船は空を飛ぶ前に沈没したということを悟り、教科書をそっと閉じる。
国語と英語は中学時代の財産で勝負すると決めていたので、何とか言葉が理解できる社会の暗記に絞り勉強する。
初めての一夜漬けだったが、ようやく感じた危機感のおかげか、集中して覚えることができた。
休憩時間には日置と住田にメッセージを送る。
『ヤバい、何も分からない』
『俺は諦めた』
『マジ留年』
『もう寝ようぜ』
下には下がいることを確認して安心しつつ、俺は勉強を続けた。
点数は諦めているが、最下位だけは取らない。
そんな執念が俺を突き動かしていた。
――
「今回自信ある?」
「どうかな……」
中間試験当日の朝、俺は南と話していた。
小学校の時から、南の成績は中々に優秀だった。
きっと今回も、しっかりと準備して今日という日を迎えたのだろう。
「最下位は避けたいけど……」
「え、遼太郎なら上から数えた方が早いんじゃない」
「昨日初めてだ」
「え?」
「昨日初めて、高校に入ってから家で教科書を開いた」
「……」
「数学の問題って、命令的でイラつくよね」
「そ、そんな感じだっけ」
南は俺に気を使いつつ、「初めて遼太郎に勝っちゃうかもね」なんて言っていたが、安心してほしい、これからは多分全勝だ。
駅に着いて、そろそろ日置が来る頃かと待ち構える。
「……?」
そう思い辺りを見回すも、今日はまだ近くにいないようだ。
ゆっくり歩いてみたが、その日、日置は俺のもとに来なかった。
……遂に諦めて、試験を放棄したのか?
さよなら、僕の、ともだち……。
しかし、教室に着くと真顔で教科書を広げている日置がいた。
俺は無言で日置の頭を叩いた。
「いてっ」
「……お前、何してんだよ」
「学生の本分は勉強だろ」
「……」
そんな日置を横目に、俺も勉強を始める。
日置は一番最初の試験の科目を勉強しているようだが、もう遅い。
俺は昨日注力した社会に集中して高得点を獲得します。
……ラノベのタイトルみたいなことを考えてしまった、集中しよう。
真顔で並んで勉強する俺と日置を、後から登校した住田が呆れたように見た気がした。
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