あこがれのゆうしゃさま

workret

プロローグのプロローグ

 今とは違う、属に言われる「異世界」と呼ばれる世界。

 科学文明の発展は遅れ、代わりに人々は剣と魔法を使いこなす。

 ある日、平和だった世界に暗雲が立ち込める。

 魔王の出現。

 魔王は、世界征服の為に手下を駆使し、人々を恐怖と絶望の淵に陥れる。

 しかし、人類に希望の光が舞い降りる。――勇者の誕生である。

 勇者は、魔王を越える力を手に入れ、大勢の信頼出来る仲間と共に、魔王軍を次第に追い詰めて行った。

 人々はその勇者の活躍に喜び、希望を託し、揺るぎない感謝と憧れを抱いていた。


 そんな何処かで聞いたことがありそうな世界。

 そんな何処かで思い浮かべた事がありそうな世界。

 でも、この世界では、一つだけ、そんな世界とは違う点が存在した。

 それは――



 ハインハウルス王国。

 勇者と共に戦う精鋭騎士・魔導士を数多く輩出し、今最も栄光に近い国とされていた。

 そんなハインハウルス王国の中心部から多少離れた街・ノッテム。

 時刻は深夜、誰もが寝静まった頃に、そのノッテムのとある家屋に迫る、二つの足音があった。

「この家?」

 一人目は若い女。フード付きのコートを着て、腰に長剣。優しい色合いの赤い髪が、月明かりに薄らと見てとれた。

「そうです。今開けますね」

 そう言って鍵を取り出してドアを開ける二人目は若い男。白を主体としたローブに、背中に杖。先の女が剣士と呼ぶならば魔法使い、と呼べそうな格好であった。

「ふーむ」

「? どうかしました?」

 と、鍵を使ってドアを開ける様子を何故か必要以上に関心して見ている。

「手馴れてるねぇ。日常茶飯事?」

「他人の家のドア勝手に開けるの日常茶飯事だったらそいつヤバいやつじゃないですか」

「あ、マーク君は窓から派だったか、失礼」

「悪化してますから! ドアでも窓でも侵入なんかしたことないですよ!」

 ガチャッ。――そんな会話の中、ドアは問題なく開き、二人はゆっくりと家の中へ足を踏み入れる。

「おじゃましまーす」

 一応なのか礼儀なのか、女は小声でそう言いながら入った。――ちなみに先程のやり取りも周囲の家屋にばれないように小声で行われていた。

「ふーん。案外「普通の」家じゃん」

 女の言う通り、内装は特別何かが目立つわけでもない、あり触れた家であった。

「あくまで立地条件がコンセプトだって話ですからね。家の中まで如何にも、って感じだと信憑性ない気もしますし」

「そんなもんかねぇ。――お、寝室はここかな?」

 一番奥にあるドアを開けるとビンゴ、そこは寝室。ベッドで一人の青年が寝息を立てていた。そのまま二人はベッドの横に移動し、

「さて、と」

 スッ。――女は剣を抜き、寝ている青年の首元数センチの所にその刃をあてがう。

「起きてー」

 そしてそのまま青年の体を軽く揺らし、起こし始めた。

「起きてよー、起きてくれないと私が寝るぞー……ふぁ」

「ごめんなさい脅し文句としては間違ってますし本当に寝ないで下さいね、何の解決にもならないんで」

 欠伸をしながらの女を見て見守っている方の男が不安になる。――やりかねないからなこの人。

 そのまま寝ぼけて意味もなく首筋を切ってしまわないか心配していた時、

「う……ん……」

「お」

 軽い呻き声を上げて、寝ていた青年がゆっくりと目を覚ました。

「おはよ」

「……え?」

 ぼんやりとする意識の中確認出来たのは、冷静な面持ちで立っている男、彼よりも近くで――というより、しゃがんで今自分が寝ているベッドの真横で自分を覗き込みながら優しい表情で自分の首筋に剣を宛がう女。――自分の首筋に剣、を……?

「っ!? 誰――むぐぅ」

「しーっ」

 状況に気付き、今まさに声を上げようとする手前で、女に手で口を抑えられた。

「落ち着くんだ、冷静に話をしよう。君の要求は何かなー?」

「それ言いたいのは彼の方だと思いますよ……」

 その緊張感のないやり取りに、青年は少しずつ冷静さを取り戻していく。――と、その雰囲気を汲み取ったか、女が青年の口からゆっくりと手を離した。

「このような時間での訪問、粗暴な行為、大変申し訳ありません」

 そしてそれが合図であったかのように、男――といってもこちらも実際は青年、と呼ぶ方が相応しい――が冷静な面持ちで口を開いた。

「こちらとしても、門前払い、第三者の介入等をどうしても避け、確実にあなたと直接お話をさせて頂きたかった次第なんです。――ライトさん、ですね?」

「俺の名前も……知っているんですね」

「我々はハインハウルス王国の者で、今回は国王直々の使いになります」

「国王の……!?」

「はい。――僕はマーク。こっちが」

「レナ」

 王国所属、国王直々。成程、言われてみればその辺の傭兵や冒険者とは身なりのレベルが一段階違う気がした。

「今回は、あなたを安全かつ迅速に国王の前にお連れすることが我々の任務なんです」

「ちょ……ちょっと待って下さい、国王様が俺に何の要件があるっていうんです?」

「すみません、それを今僕らが言うわけには。――来て頂けますか。手荒な真似はしたくないし、抵抗はどちらに取ってもデメリットです。でも」

「大人しく来てくれたら、君にとっては、いい話になるかもよ?」

 何処となく、嘘を言っているようには見えなかった。――頭の整理が完全に追いついたわけではなかったが、ライトは覚悟を決めた。

「わかりました。行きます」

「ありがとうございます。――最低限の身支度をする時間はお待ちしてます。終了次第街の外へ、馬車を待たせてありますので」

 レナが剣を納めてくれ、ライトはベッドから体を起こす。外出用の服に着替え、最低限の持ち物を用意。数分で支度は終わった。

「こちらです」

 マークに先導され、街の外へ。少し歩くと、少人数用なのか大きくはないが、それでも王国が使っているのだろう、一般レベルよりも乗り心地がよさそうな馬車が待機していた。操縦席には王国の兵士と思われる人間も。

「城までは時間があるので、それまではお休みして頂いて結構ですよ」

「じゃ私もお休みするから、着いたら起こしてねー」

「いやレナさんは護衛なんですから起きていてくれないと困……えぇ……」

 言葉の途中で、レナは既に馬車の奥に陣取って丸くなって寝息を立て始めた。

「……えーっと」

「すみません、いざとなったら起こしますから……出発しましょうか」

 何処となく苦労を日々してそうなマークに若干の同情を感じている間に、馬車は出発した。緊張感の無いやり取りを見て、多少気持ちも落ち着いたが、それでもじゃあ俺も、と一緒に寝れる程の平常心になったわけでも図太い神経の持ち主でもライトはなかった。

 何故に国王は自分を呼んだのか。――自分は生まれも育ちも普通だったあり触れた人間。特別な才能も持ち合わせていない。護衛付きで呼び出されるような事も仕出かした記憶はない。――じゃあ何故に国王は自分を呼んだのか。

 その堂々巡りの思考は、ライトの眠気など呼び起こすわけもなく。――結局は、馬車の中で大人しく座っていることしか出来なかった。

 そんな状態がどれだけ続いただろうか。――ガタン!

「そこの馬車、止まれ!」

 馬車が急ブレーキ、危うくライトは真横に転がりそうになる。何事か、と外を覗いて見ると――

「な――野盗!?」

 柄の悪そうな男達が、武器を手に馬車を囲んでいた。よくよく辺りを見まわしてみれば今いる場所は森の中の見通しの悪い道。野盗のねぐらを通ってしまったのか、この道を彼らが待ち伏せしていたのかはわからないが、明らかに反友好的な雰囲気を醸し出す彼らに囲まれたこの状況、お世辞にも良い状態とは言えなかった。――ライトを先程までなかった緊張感が襲う。

「……仕方ない、起こすか」

 勿論マークもこの状況を確認した。だが彼はライトとは違い緊張した様子もなく、そのままレナ――この騒ぎでもまだ寝ていた――の所へ。

「レナさん、起きて下さい」

「……んー……ん? もう着いたの?」

「違いますアクシデント即ち仕事です。野盗に遭遇してます。数は七、八人位。僕単独で処理出来る数じゃないです」

「んもー、だから遠回りでも見晴らしのいい安全な道にすればいいのにー」

「遠回りしたらしたで着くのが遅いとか言い出すでしょう」

「言わないよそんなことー、精々辿り着くまでの時間差で何が出来るかを説く位だって」

「その方が質が悪い! 兎に角お願いします、僕は念の為にライトさんをお守りするので」

「しょうがないなあ」

 もそもそ、と本当に面倒臭そうにレナは体を起こし、迷いもなく馬車の外へ。

「えっ、あの、あの人一人で大丈夫なんですか?」

「はい。あんな人ですけど腕は確かですから、心配しなくて大丈夫です」

「聞こえてるぞー。……まあ、あながち否定も出来ないんだけどさ」

 よいしょ、と馬車を降り、うーん、と両手を伸ばして体をほぐし、野盗全員の顔を一通り見渡し、

「あのさあ、めんどいから黙って見逃してくれないかな?」

 と、緊張感のない交渉をレナは持ち出した。一方の野盗と言えば、

「護衛はあの女一人か?」

「随分若くていい女だな、上物、いや特上物だ」

「身なりもいい、高く売れるぞ」

「売る前に味見しようぜ。最近ご無沙汰だったからな」

 レナの軽い交渉など、まったく聞く耳を持たず。挙句の果てに、

「おい女、お前と荷物の金目の物を置いていけば後ろの馬車に乗ってる奴は見逃してやってもいいぞ」

 と、逆にそう交渉してきた。――傍から見たら正しい勢力図だったかもしれない。野盗は八名、対する馬車側は女剣士――レナ一人。

「あれ、聞こえてなかったかな、私は「黙って」見逃して、って言ったつもりだったんだけど。何て言うかな、その、邪魔だから?」

 だが、野盗、そしてライトが考えた正しい勢力図は、いとも簡単に壊されることになる。

「手前、こっちが優しく接してやれば付けあがりやがって!」

 いち早くレナの言葉に苛立ちを我慢し切れなくなった野盗の一人が、レナに襲いかかった。

「ぎゃあああ!」

「なっ――」

 そして直後――火だるまになって、辺りを転がり始めた。気付けばレナは既に右手に剣を握っていた。レナが何かをした結果なのはわかるが、それでもこの暗がりの中でのライトの動体視力では、レナが具体的に何をしたのかがわからない。それ程までに瞬く間の出来事だったのである。

「命の保証はしてあげられないけど、まあいいよね。先に手を出したの、そっちだし」

「ぐ……行くぞお前ら、この数で一斉なら負けやしねえ!」

 その言葉を封切りに、レナと残りの野盗全員との戦いが本格的に始まった。レナを取り囲むようにして一気に襲いかかる野盗、一方でその剣にブオッ、と勢いよく炎を纏わせ身軽なステップを踏んで迷うことなく切り込んでいくレナ。

「はい、お終い」

 その勝負は、観戦する余裕もなく、あっと言う間にレナの勝利で終わる。傷一つなく、息一つ切らさず、レナは馬車に戻ってくる。

「お疲れ様です」

「野盗で暮らしていくならもうちょい鍛えておけばいいのにねえ。マーク君でもギリギリいけたよ多分」

「いや僕は攻撃属性少ないから厳しいですってば」

 馬車に乗り込みながらも普通にそんな会話。――ライトは、マークが何の心配もせずにレナを見送った意味が痛い程わかった。……と、無意識の内にレナを目で追っていたか、ライトとレナの視線がぶつかる。

「ん? 私に顔に何かついてる?」

「え? あ、いや、何て言うか……凄い、綺麗だったな、って」

 正直な感想だった。自分たちを守るその姿は、頼もしい、強い、といった感想よりも、その見事な動きに見惚れる――まるで何かの芸術の様な綺麗な剣捌きだったのだ。

 その感想に、レナは一瞬ポカン、としたが、直ぐにフッと優しい笑顔になり、

「ありがと」

 そうお礼を言い、また馬車の奥へ行き、眠る準備を始めた。――直後、再び馬車が動き出す。

 外部からの危険、というのが無くなったのはライトにとっても一安心であったが、根本的な疑問は大きくなった。――何故に自分は今国王の下に向かっているのか。

 自分を迎えに来た、自分を護衛してくれたこの人達は、恐らく一流も一流、国所属の騎士でも精鋭であろう。そんな人達が、特別に自分を迎えに来ているのだ。勿論、どれだけ思い返しても理由が見つからない。

 眠れぬライトを乗せた馬車は、それ以降ハプニングに遭遇する事もなく、城へと走り続けるのであった。

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