第40話 不穏な存在

「気をつけろ! アイツは普通の眷属より強いぜ!」


「多少強かろうが所詮は魔王よりも格下の眷属だろうに」


 魔王の眷属が翼を広げて突進してくる中、セルビスは冷静に杖を構えた。


「魔弾」


 セルビスの杖の先から魔法陣が広がり、純粋な魔力の塊が射出される。


 眷属は魔弾を確認すると、翼を操作してその軌道上から離れる。


 しかし、魔弾は眷属の避けた方法へと軌道を変えていった。


「なにっ!?」


 これには眷属も避けることができず魔弾が直撃。


 咄嗟に広げた翼で盾にされてしまったが、間違いなくダメージを与えた。


「今のすごい! 敵が避けた方に魔法が勝手についていったよ!?」


「あの魔弾には対象を追尾する機能をつけてある。いくら避けようとも追尾し続け

る」


「へー、便利な機能を考えたね」


「魔王のように空に逃げられて回復されては堪ったものではないからな」


 セルビスの言葉を聞いて、私は深く納得した。


 魔王もこの眷属と同じく翼をもっており、空から魔法を放ってきたり、奇襲してき

たり、時には浮遊して体勢を立て直されたりと辛酸を味わわされたものだ。


 あの時と同じような目に遭わないようにと、セルビスは魔法を研究し続けていた

のだろう。


「魔弾」


 再びセルビスの杖から放たれる魔弾。しかも今度は三連射。


 幾筋もの魔力が浮遊している眷属へと襲い掛かる。


 眷属は縦横無尽に飛び回り、緩急をつけて移動するがセルビスの魔弾は追尾し続

ける。


 眷属はこのままではラチが開かないと悟ったのか、自らの爪に瘴気を纏って魔弾を

迎撃する。


 魔弾を一つ、二つと弾いていくが、セルビスは無感動にそれを眺めながら次の魔

弾を発射していく。


 威力を抑えているとはいえ、普通はこんな風に魔法を連射できるはずがない。一

体、どんな風に自分の魔法を改良しているんだろう。


 魔法陣を覗き込んでみるも、複雑な魔法式をしていてまったくわからない。


「くっ! ちょこざいな!」


「おいおい、魔法にばっかし気をとられていいのかぁ?」


 魔弾を迎撃することに気をとられていた眷属が、飛び掛かったランダンの大剣を

もろに食らう。


 眷属は咄嗟に瘴気を集めて盾とするが、ランダンの大剣には勿論聖力を付与してい

る。


 ランダンは盾となった瘴気ごと眷属を切り裂き、相手を地面に叩きつけた。


 瘴気を宿したものにとって、聖力は天敵だ。


 いかに眷属とはいえ、聖力を宿したランダンの一撃を食らえばそれなりにダメージ

は入っただろう。


「フン、何が眷属の割に強いだ。ただの雑魚ではないか」


「いや、まあ。お前とソフィアがいればなぁ……」


 自分自身でもそう感じてしまったのかランダンが頭を掻く。


 実際はもっと強いと思うんだけど、私たちが揃うと正直言って敵ではなかった。


 前方では魔王の眷属が何とか立ち上がっているが、身体はボロボロになっていたフ

ラフラだ。


 私がこのまま聖魔法で浄化してしまえば、あっさりと終わってしまいそう。


「バカな……あの御方に力をもらったというのにここまで一方的になるだと!?」


 不利な状況を受け入れられないとばかりに嘆く眷属。


 通常であれば受け流してとどめを刺すところであるが、気になる言葉があった。


「あの御方っていうのは誰なんだ?」


「こんなはずではない…こんなはずではない……また人間どもに負けて、怯えて暮ら

すというのか?」


 しかし、眷属はセルビスの言葉に答えない。


 いや、思考に没頭し過ぎて耳にすら入っていないのかもしれない。


 追い詰められたように自問自答する眷属は、やがて天啓を得たかのように目を見

開いた。


「そうだ。俺はまだ終わっていない! ここで力を示してあの御方たちの相応しき者

になるんだ!」


 そう錯乱したように叫んだ眷属は、懐から小さなものを取り出した。


「なんだアレ?」


「……ムカデだな」


 なにやら紫色の何かが蠢いていると思いきや、よく見るとそれはムカデだった。


 それを眷属は口へと運び、それを丸呑みにした。


「ひいい、食べた!?」


「……マジか」


 嫌悪感を覚えるような光景を見てしまい、私の全身の肌が泡立つのを感じた。


 この世界には節足動物や魔物は多いし、多少は慣れてはいるけど、それを生で食べ

る光景を見て平然とすることは難しいと思う。


 苦い表情をしながら見つめていると、突如眷属の身体に変化が現れた。


「ぐっ、ぐぐ、ぐおおおおおおおお!」


 頭から生えていた角が伸び、翼がさらに大きくなる。


 細身だった身体がバキバキと音を立てて膨れ上がり、筋肉質のガタイのいい身体

に。


 さらに脇の下から新たに腕が生え、腕が四本になってしまった。


 身に纏う瘴気はさらに強くなり、眷属の生物として格が上がったというのが一目で

わかった。


 セルビスの魔法でボロボロになった翼や、ランダンに切り裂かれた傷も綺麗に治っている。


「おいおい、ムカデを食べた途端に見た目がすげえ変わっちまったぞ」


「それに瘴気も強くなってる」


「奴が口にしていた言葉といい、突然の強化といい、何者かが裏にいる可能性がある

な」


 これだけの強化を自前でやるのは不自然過ぎる。魔王の眷属とはいえ、明らかに不

相応な力だ。


「フハハハハハ! これがあの御方の言っていた力! すごい! 力が漲ってく

る!」


 自らの力に酔いしれる眷属。


「さっきからアイツの言っているあの御方ってのは誰なんだ?」


 眷属の主である魔王は既にいない。だとしたら誰が眷属に力を与えたのだろう

か?


「……わからん。倒して吐かせるしかあるまい」


「そうだね」


 問いかけても答えは返ってこなかったし、自らの力に恍惚としているあの状態では

教えてくれるとは思わない。それだったら無力化して吐かせるまでだ。


「ククク、人間共め! 捻り潰してくれるわ!」


 パワーアップした魔王の眷属が地面を蹴ってこちらに近づいてくる。


 セルビスが同じように魔弾で迎撃を試みるも、四本の腕に弾き飛ばされた。


 どうやら身体能力だけでなく、防御力も上がっているようだ。


「ソフィア、力の付与をつけてくれ! さすがにアレを相手にしたらパワー負けしそ

うだ!」


「ごめん、ちょっと新しい装備に慣れてなくて加減できないかもだけどいい?」


「おお、望むところだぜ!」


 キューとロスカの暴れっぷりから見て、今人間に付与をするのは怖くもあるのだ

が、ランダンがそういうのであれば問題ないだろう。


 ランダンは身体強化が得意で身体が丈夫だし、多少無茶しても問題ない。


「『剛力の願い』『守護の願い』『瞬足の願い』『不屈の願い』」


 そんな風に開き直ることができた私は、筋力の強化だけでなく、ここぞとばかり

に付与を重ねがけしてしまう。


「うおおおおおおおらあああああっ!」


 付与であらゆる能力が強化されたランダンは、正面から迫りくる眷属の爪に大剣

をぶつけた。


 すると、ランダンの大剣はあっさりと眷属の爪を切り裂いた。


「はっ?」


「な、なんだとおおお!?」


 明らかに強化されたように思えた眷属だが、私の付与による身体能力と聖力の向

上がそれを遥かに上回っていたらしい。


 苦戦するかと思われたが逆にランダンが一人で眷属を圧倒している。


 ランダンが軽々と大剣を振るうと、眷属の爪が切断され、腕の二本が斬り落とされる。


「おいおい、なんだこりゃ! 身体がバカみたいに軽いぜ!」


 ランダンは向上した身体能力に戸惑うことなく、むしろそれを楽しんでいる。


 ルーちゃんは森の中で走り過ぎてしまったりと、上昇幅に戸惑っていたがランダン

にはまったくそれがない。


 日頃から身体能力の強化を行い、身体の扱い方に長けているランダンならこの程

度の付与でも問題ないのだろう。


「……ソフィア、杖や衣服のお陰だけでなく純粋に聖力と魔力が上がっているな?」


「うん、そうみたい。ルーちゃんやリリスちゃんの分析では、二十年間結晶の中に

いたから増えたんじゃないかって」


「それならば百年結晶の中にいればどうなるのだろうな。興味深い」


 隣の魔導士がなんか恐ろしいことをサラリと言っている。


 私はお漬物じゃないんだからそんな非人道的な実験は絶対にやめてほしい。


「ソフィア、俺には魔力の付与を貰えるか? どれだけ魔法が向上するか確かめた

い」


 どこか活き活きとした表情で頼んでくるセルビス。


 強化された魔王の眷属が相手だというのに最早実験気分だ。いや、これくらいの相

手じゃないと実験にもならないからだろうか。


「う、うん。わかったよ『瞑想の祈り』」


 興味の対象を私から外す意味も込めて、私は速やかにセルビスに魔力向上の付与

を施した。


「おお、二十年前よりも段違いだ」


 湧き上がる魔力にセルビスは冷笑を浮かべる。


 杖を掲げるとそこから魔法陣が展開され、バチバチと雷が帯電する。


「飛来槍!」


 やがて大きな槍となった魔法が撃ち出され、ランダンの間合いから逃れようと空

を舞っていた眷属に突き刺さった。


「ウグオオオオオオオオオオオッ!?」


 雷の槍に胸を貫かれ感電した眷属は苦しそうな声を上げる。


「……あの威力の魔法を受けても倒れぬとはタフだな」


「お、おのれ! 二人とも戦闘力が格段に上がって……ッ! やはり先に潰すべきは

大聖女ソフィアか!」


「ええええええ!? 腕をぶった切ったのはランダンだし、雷の槍をぶつけたのは

セルビスで私じゃないよ!?」


 あなたに攻撃したのは仲間の二人であって断じて私ではない。


「効果的に攻撃が通るようにしたのはソフィアだ」


 そこ! 余計なこと言わなくていいから! 


「お前の狙いは間違っちゃいねえが、俺たちがそうさせると思うなよ?」


「狙われるのが嫌ならさっさと浄化をぶつけてしまえ」


「ランダン! セルビス!」


 しっかりと前に出て立ち塞がってくれるランダンとセルビス。


 一時は聖女を前に押し出すなんて白状者だと思ったけど、一応はパーティーの仲

間。


 きちんと敵を近付けさせないようにしてくれるらしい。


 だったら、私は二人の言葉を信じて聖魔法をくみ上げるだけ。


 曲りなりに魔王の眷属であり、妙なムカデで強化されている状態だ。


 ちょっと気合を入れて浄化をぶつけてやらないと。


 杖を握る手に力を入れると、深呼吸をして目を伏せた。


 結晶で造られた杖が強い力を放ち、私の身体の周りを聖力と魔力が渦巻く。自分

を中心に風が巻き起こり、白銀の光を纏っている聖女服がたなびいた。


 カッと目を見開いて対象を確認すると、ランダンに翼を切り裂かれ、セルビスの

雷の槍で地面に縫い留められているところだった。


 敵が逃れられないように丁寧にお膳立てをしてくれた。この状況なら外しようがな

い。


「『エクスホーリー』ッ!」


 私は動けない眷属に聖魔法の浄化を放った。


 私を中心に翡翠色の光が波紋のように広がり、縫い留められていた眷属を呑み込

んだ。


 眷属は瘴気をかき集めて抵抗したようだが、私の聖力が楽々とそれを上回り、そ

の身を焼き焦がす。


 それと同時に死んでいた黒い大地からザワザワと新緑が芽生えて広がっていく。


 私の強い聖力が地面に浸透し、生命を宿し始めたようだ。


「……なんて強い聖力なのでしょう」


 後ろに控えている聖女からそんな呟きが聴こえた。


 うん、さすがに私でもこれは驚きだ。気合いを入れてやろうと思ったならまだし

も、ただの余波でここまで再生してしまうとは……。


「大聖女ソフィアの再来?」


「もしくは女神セフィロト様が遣わした、使徒様なのかもしれません」


 いや、私はそんな大層な担い手じゃないよ。


 肩書では一応、大聖女ソフィアだけど目覚めたことを知らない、聖女と聖騎士は

そんなこと思いもしないだろうな。


 とりあえず、眷属から瘴気が弱まったことを感じて私は浄化をやめる。


 彼には聞き出したいことがあるのでここで完全に消し去ってはいけない。


 魔法を解除して近づくと、眷属は身体の原型をほとんどが焼け落ちていたがかろう

じて息をしていた。


「うわっ、ムカデが出てきやがった」


 眷属の口から逃げるように這い出てきたムカデをランダンが大剣で突き刺した。


 すると、ムカデは甲高い声を上げて動かなくなる。


「……おい、お前はコレを誰から貰った」


「ハハ、ハハハハハハハッ! お前たちはまだ気づいていないんだなぁ」


 セルビスが問いかけると、眷属は私たちの顔を見て笑い出した。


 どういうことだ? 魔王がいなくなり、眷属も散り散りになっている。瘴気は未だ

に残っているが、順調に人類は生活圏を増やしている。


「へへ、いいぜ。教えてやるよ。邪神の使徒である魔神が召喚されたんだ」


「魔神だって? そいつは一体――」


 ランダンが問い詰めようとするが、セルビスに静止させられて言葉を止める。


 今はそれよりも聞き出したい情報がたくさんあるのだろう。


「このムカデも魔神とやらに貰った力か?」


「ああ、そうだ。邪神の加護を受けた魔王よりも力は上だ。魔王程度に苦戦していた

お前たちが勝てるわけがねえ! 今度こそ人間は終わりだ! 滅んじまえ!」


 魔王の眷属だった者は最後にそう言い捨てると塵となってしまった。


 瘴気が完全になくなり、命を維持することができなくなったのだ。


 それらは吹き付ける風に攫われ、最早視認することもできなくなる。


「魔神だってさ……」


 魔王という世界の脅威が消え去って二十年もしない内に、次の世界の脅威になり得

る存在が生まれ落ちた。そのことに私は大きな不安を抱いていた。


「そのような存在が本当にいるのかは不明だが調べておく価値はある」


「……今はひとまず王都に戻ろうぜ」


 眷属が言ったことが本当である確証はない。魔神が召喚されたとわかって今すぐ同

行できる問題でもない。ひとまず、二人の言う通り王都に戻るべきだろう。


 突然のことに不安を抱いていたけど、それを感じさせないセルビスやランダンの態

度を見たら安心してきた。


 やっぱりこういう時に仲間がいると頼もしい。


「うん、そうだね。皆で戻ろっか!」


魔王よりも強い存在には脅威を覚えるが、今は皆が無事だったことを素直に喜びた

いと思った。






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