第32話 王族との再会

 セレナーデの用意した馬車に乗った私とルーちゃんはガタゴトと揺られ、王城へとやってきた。


 内密にということなので表からは入らず裏門から入り、最小限の確認のみで内部

に入ることができた。


 王城の中はそう変わっていない。多少の修繕や改装の後こそ見受けられるものの、

二十年前と変わりのない景色だった。


 まあ、これだけ大きなお城なのだ。教会のように気軽に大きくすることも難しい

のだろう。


 私の知っている場所の中で、王城が一番変わっていないのはちょっと不思議な感覚

だ。


「あのセレナーデさん。今の国王様は二十年前と変わりなく?」


「はい、国王様は退位なされていないので」


 二十年前は三十代半ばだから今は五十代半ばなんだけど、まだ王様をやっているん

だ。あのおじさん、元気だな。


「国王様と一緒にいる王太子様というのはどなたでしょう?」


 当然ながら国王にはたくさんの王子や王女がいた。その中の誰が私に会いたいか

で私の憂鬱度が変わる。


「王太子になられたのは第一王子のルードヴィッヒ様です」


「はぁ……」


 その名前を聞いた瞬間、私の口から大きなため息が漏れた。


 よりによって、あの第一王子かぁ。私の中で一番会いたくない王族の一人だった。


「どうしましたか、ソフィア様?」


「いや、ちょっと会うのが憂鬱になっちゃって……」


「王太子様と過去に何か?」


 私の様子を見れば、昔に何かあったかはわかるだろう。


 別に険悪な関係というわけでもないのだが、何とも言いづらいもの。


「ルードヴィッヒ様は昔に何度もソフィア様に求婚されていましたからね」


 私が説明するものか悩んでいると、前を歩いているセレナーデがぶっちゃけた。


 そうなのだ。ルードヴィッヒは私をとても気に入っていたのか、二十年前は何度も

アプローチをしてきた。


 当時、魔王討伐や瘴気問題に専念しており、それどころではなかったしアプローチ

をかけてくるルードヴィッヒを苦手に思っていたものだ。王族だから邪見にすること

もできないし。


「ああ、それはなんというか会いづらいですね」


 そんな過去を知ってルーちゃんが微妙な表情をする。


 感覚でいえば、昔告白してきた人に再会するようなものだろうか。


 たとえ、月日が経過して割り切っていたとしても、なんとなく気を遣ってしまうも

のだ。


「しかし、今では王太子様も三十二歳。伴侶となるお方を三人迎えているので、昔の

ように求婚されることはないかと」


「あ、そうなんですね! 冷静に考えればルードヴィッヒ様もいい歳ですし、私に惹

かれるようなことはないですよね!」


「いえ、むしろその年齢だからこそ今もお若いソフィア様を求めるのでは?」


「ちょっとルーちゃん! 怖いこと言わないでよ!」


 ルーちゃんの言う、男性の願望が妙にリアルで怖い。


 せっかく、私がポジティブ思考をしていたというのに。


「普通ならばそうですが、王太子様の奥様は皆独占欲がお強いので」


「なるほど」


 つまり、ルードヴィッヒが望んでいても三人のお嫁さんがそれを望まないと。


 なんか一夫多妻制の闇を感じるが、こちらとしては妙なアプローチを受けないので

あれば万々歳だ。


 もし、ルードヴィッヒに求婚されようものならばきっぱりとお断りをしよう。


 などと考えていると、いつの間にか謁見室についたのかセレナーデが足を止めた。


 扉の前には門番よりも豪奢な鎧を身に着け、ハルバードを手にした近衛兵が控えて

いる。


「では、私の役割はここまでですので」


「案内ありがとうございます」


「いえいえ」


 現状を教えてくれた意味も込めて礼を言うと、セレナーデはぺこりと頭を下げて去

っていった。


 外見に似合わず気さくな女性だったな。堅苦しいやり取りが苦手な人からすれ

ば、セレナーデとは会話もしやすくとても助かったや。


「それではお入りください」


 近衛兵が中に入る確認をとると、ゆっくりと扉を開けてくれる。


 謁見室は大理石でできており、あちこちに装飾の施された柱が設置されている。


 中央には赤い高級そうなカーペットが敷かれており、私が歩くとルーちゃんが護

衛として付き従うように後ろを歩く。


 そして、前方には玉座が並んでおりドンドルマ王国の国王であるオスト=ドンドル

マと王太子であるルードヴィッヒ。そして、その隣には見知らぬ若い女性が座ってい

た。


 セレナーデにも聞いていなかった人物がいて私は驚く。


 あの女性は一体誰なんだと。


 とはいえ、それを態度や口に現すことのできる雰囲気ではないのでグッとそれを堪

えた。


 国王やルードヴィッヒとはまったく違う髪色。とても綺麗なブラウンの髪色をした

気品のある女性。


 二十年前の記憶を振り返ってみるも、王女にあのような髪色の女性はいなかったは

ず。


 私が眠っている間に生まれた王女だとしても、年齢は精々が十六歳とかその辺にな

るはず。しかし、その女性の年齢は明らかに二十代の半ばだ。


 国王ではなくルードヴィッヒの隣にいることから、セレナーデの言っていた奥さん

の一人なのかもしれない。


 などと推測を立てていると奥さんとバッチリと目が合った。


 視線が合うとにっこりと上品な笑みを浮かべる王太子妃。一見すると、見事な王

族スマイルであるが、そこには妙な迫力があった。


 王太子妃は独占欲が強いと聞いた。夫が昔好きだった相手が変わらぬ若さで出て

きたら、警戒したくもなるというもの。


 安心してください。私は王太子の奥さんになるつもりはありませんから。


「おお、ソフィア! 本当に目覚めたのだな!」


 ちょうどいい距離感のところで膝をつくと、国王が嬉しそうな声で言う。


 二十年前までは若々しかったが、今は立派に髭を生やして長年王位についていた貫

禄がにじみ出ている。声もどこか渋いけど、滲み出るエネルギーは健在だ。


 五十代半ばのはずであるが、このおじちゃんはとても元気そう。


「はい、報告をするのが遅くなって申し訳ありません国王様。ようやく魔王の瘴気の

浄化を終え、目覚めたところです」


「お主のことはセルビスから無理矢理聞き出した。それは、そなたに一度会って礼を

言いたかったからだ。急に呼び出したことを許してくれ」


「とんでもございません。私の方も落ち着けば伺おうと思っていたので」


 国王から先に謝られてしまえば、そのように言うしかない。


 セルビスについても国王についても責められない。


 こういうところをわかってやっているのが昔と変わらず強かだな。


「つい興奮してしまって紹介が遅れてしまったな。隣にいるのは王太子となったルー

ドヴィッヒだ」


「久しいな、ソフィア」


「お久しぶりです、ルードヴィッヒ様。随分と立派になられましたね」


 第一王子から順当に王太子になったこともそうだが、ルードヴィッヒはとても立派

に成長していた。二十年前はまだ十二歳。


 私よりも身長が低い小柄な王子だったので随分と可愛く見えた。


 しかし、成長へと経て今では立派な男性となっている。身長は私よりも高いだろう

し、随分と肩幅も広くなった。鍛えているのかそれなりに筋肉もあるようだ。


 爽やかな少年から精悍な顔つきの王太子に見事にレベルアップしたね。


「逆にお前は変わらなさすぎだ。まるで年をとっていないだろう?」


「結晶の中にいる間はどうやら成長が止まっていたようで、二十年前と変わらぬまま

ですね」


「あなた、そろそろ私の紹介も……」


 なんて会話をしていると、王太子妃がコホンと咳払いをして言う。


 ルードヴィッヒは若干それに怯えながらも会話を切り上げて紹介へと移ってくれ

た。


「あ、ああ、すまない。私の妻のエリーゼだ」


「はじまして、ソフィア様。エリーゼ=マクトールといいます。世界を救った伝説の

大聖女にお会いすることができて光栄ですわ」


「はじめまして、ソフィアと申します。よろしくお願いします」


 マクトールというと隣国の王女様じゃないか。魔王に対抗するために国々が結び

つきを強くする動きはあったので、今もそれが続いているのだろう。


 うん、国同士の仲がいいのはいいことだ。


「紹介が終わったところで改めて礼を言わせてくれ、ソフィア。魔王を倒し、瘴気か

ら世界を救ってくれてありがとう」


「お前のお陰で俺たちを含む、世界の人々はこうして生きてこられている」


「本当にありがとうございます」


 などと言いながら頭をぺこりと下げる国王たち。


「頭をお上げください。非公式の場とはいえ、王族が頭を下げるなどはあってはなら

ないことのはずです」


「それくらいのことをしてくれたんだ。本当にありがとうソフィア」


 私がそのように諫めるも国王たちはしばらく頭を下げ続けた。


 感謝してくれるのは嬉しいけど、やっぱり偉い人たちに頭を下げられると慌ててし

まう。


 報われたことの嬉しさはすぐに吹き飛び、私はハラハラとした気持ちで頭を上げる

ように言葉をかけ続けるのであった。







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