第23話 元聖女リリス

「伝説の大聖女とうたわれるソフィアさんが何をしているんですか!」


「そうですよ、ソフィア様!」


 お花摘みから戻ってくると、そこにはプンプンになっているリリスとルーちゃんがいた。


 どうやら私が席を外している間に、私が目覚めたということはルーちゃんが説明してくれたようだ。


 開口一番に目覚めたことよりもお叱りの言葉を受けてしまう。


「あはは、ごめんごめん。最初はちょっとした悪戯程度だったんだけど、リリスが気付いてくれないからさ」


「それはソフィア様が見習い聖女服を着るから悪いんですよ! それに髪型も昔と違いますし」


「とはいえ、姿は当時のままだよ? 仮にも先輩だったんだから顔とか声音で気付いて欲しかったなぁ」


 いくら目覚めたという情報を聞いていないとはいえ、あれだけ近付いて会話をしていたのだ。年齢は少し離れていれど、同じ教会で仲良く過ごした仲。


 本音をいえば、あんなに気付いてくれないなんてショックだ。


「そ、それはそうかもしれないですけど……」


 少しなじるように言ってみると、少し後ろめたかったのかリリスの言葉が弱くなる。


「まさか後輩に指導されるなんてね。『やればできるじゃない』……か」


「あーもう! 気付かなくてごめんなさい!」


 修行の言葉を思い出して言うと、リリスが顔を真っ赤にして観念するように謝った。


 そんなリリスが可愛らしくて、つい私は昔のように頭を撫でる。


「いいよー。それにしてもリリスちゃんは二十年経ってもほとんど変わってないねー」


「変わってますから! 私はもう二十九歳ですよ? 昔と同じはずがないじゃないですか!」


 確かに身長などは全体的に大きくなっているが、とても微々たるものだ。


 身長は百四十半ばくらいで、スタイルも昔と変わらずスレンダー。


 どう見ても十二歳くらいの少女にしか見えない。


 これが二十九歳って犯罪じゃない? 合法ロリってやつ?


「いーや、リリスちゃんは変わらないよ。昔と同じで小っちゃくて可愛いまま」


「ち、小っちゃくないですから! 子供扱いしないでください!」


「そうですよ。リリスさんも私も成長しているんです。しっかりと今の私たちを見てください」


 私に子供扱いされるのが不満だったのか、ルーちゃんもここぞとばかりに胸を張って抗議してくる。


 目に入るのはモデルのように大きな身体にスラッとした手足。


 そして、胸元にある豊かな実りだ。


「……うん、ルーちゃん色々と大人になったね」


「ルミナリエ、それは私へのあてつけ?」


「そ、そういう意味ではないのですが……」


 リリスの得体の知れない迫力にルーちゃんがたじろぐ。


 うん、ルーちゃんはすごく成長した。リリスと比べると同じ二十代とはとても思えない。


 リリスの方が歳上なのに時の流れというのは残酷なものだ。


 険悪な空気になりそうだったので、私は淀んだ空気を吹き飛ばすためにリリスに抱き着く。


「とにかく! 私はリリスと会えて嬉しいよ!」


「ソフィアさん!?」


 私は素直に気持ちをぶつけてみるものの、リリスは顔を赤くするだけで答えてくれない。


 それが少し面白くなかったので、私は上目遣いで直球に尋ねる。


「えっ……もしかして、リリスは私と会えて嬉しくないの?」


「うっ、いえ。私もソフィアさんに会えて嬉しいです」


 顔を真っ赤にしながら小さな声で言ってくれるリリス。


 このようにグイグイと押されると意外と弱いのは健在のようだ。


 ダメ男に引っかかりそうでちょっとお姉さん心配だな。


「ねえ、時間があったらゆっくり話さない? 王都の教会のこと色々と知りたいな」


 リリス以外にもたくさんの知り合いの聖女がいた。その子たちがどうなってしまったのか私は知りたい。


「わかりました。残りの指導が終わったら時間を作りますね」


「うん、ありがとう」




 ◆





 見習い聖女への指導が終わると、リリスは自室に私たちを招いてくれた。


「へー、ここがリリスの部屋なんだ」


 基本的な造りはメアリーゼの執務室と同じ。


 しかし、部屋がいくつもあり、執務室だけでなく寝室やリビングのようなものもある。


 生活家具がしっかりと置かれ、台所も完備されている。


「お茶を出しますのでどうぞ掛けてください」


 リリスに促されてソファーに座る。


「うん?」


 ソファーの上に置いてあるクッションが妙な角度になっているので調節すると、下からぐでっとしたクマのぬいぐるみが出てきた。


 前世にもあったぐだっとシリーズみたいなものかな。


「可愛いぬいぐるみだね」


「こ、これは私のじゃありません……ッ!」


 私がそういうと台所にいたリリスが光の速さで戻ってきて、ぬいぐるみを掻っ攫う。


「別に隠さなくてもいいじゃない。リリスが可愛いもの好きなのは昔からじゃん。ベッドの下にたくさんのぬいぐるみを入れていたよね」


「その中には市販のものだけでなく、手作りと思われるものも混じっていましたね」


 リリスが可愛いもの好きというのは昔から誰もが知っている情報だ。


 部屋に行けばあちこちにぬいぐるみが隠されてあったし、外に出れば露店で売っている可愛い雑貨に目がなかった。それで気付くなというのが無理な話だよ。


「ちょっと! なんで二人揃って隠し場所を知ってるんですか!?」


「教会の子供の個人情報なんてあってないようなものだから」


 王国から支援を受けている聖女見習いであるが贅沢な暮らしはできない。


 支援にも限界はあるし、贅沢な暮らしができるはずもない。互いの物は共有して使っていて、互いの部屋に入るなんてしょっちゅうだった。


 そんな状態でリリスの微笑ましい秘密に気付くのはすぐであった。


「別に可愛いものが好きでもいいじゃん」


「うう、この年齢になってもぬいぐるみが好きだっていうのが恥ずかしいんです」


「どうしてです?」


「だって、子供っぽいじゃないですか」


 ルーちゃんの言葉にポツリと答えるリリス。


「「…………」」


 見た目そのものが子供っぽいから全然気にならないんだけど。


 という思いは私だけでなくルーちゃんも抱いたことであろう。


 しかし、それを言ってしまえばリリスが烈火のごとく怒ることは目に見えたので、私たちは何も言わないことにした。


「さすがは元聖女で指導員にもなると待遇が違いますね」


 リリスのコンプレックスの話題から逸らそうとしたのか、ルーちゃんが感心したように呟く。


「ルーちゃんの部屋もこんな感じじゃないの?」


 ルーちゃんはアブレシアの教会に住んでいる。聖騎士にもなると、リリスと同じくらいいい部屋に住んでいるものだと思ったけど……


「さすがに王都のものと比べるとですね」


「伊達にここは教会本部を名乗っていないですから」


 それもそうか。アブレシアの教会も新興の街にしては大きなものだが、こちらの教会本部と比べると小さい。


 教会のスペースには限界があるので地位があろうとも、与えられる部屋の広さには限界があるか。


「どうぞ」


「ありがとう」


 ソファーに腰かけているとリリスがお茶を持ってきてくれる。


 ティーカップには可愛いクマのイラストが描かれており、ここにもリリスの趣味が出ている。


 器の仲には薄めの赤色の液体が入っている。麦茶や紅茶よりも遥かに赤みが強くで珍しい。


「見た事のないものだね?」


「リドルという野草の葉を使ったお茶です」


 ティーカップを丁寧に持ち上げて口をつける。


 微かな甘みと酸味が入り混じった味が口の中に広がり、その後にスッと突き抜けるような爽快感。たとえるなら風味の強いストレートティーといったところか。


「気分をリフレッシュしたい時にちょうどいいね」


「香りもよくて心が落ち着きます」


 とても上品な味わいだ。お茶菓子がなくても十分にこれだけで楽しめる。


「気に入ってもらえてよかったです」


 私とルーちゃんがそのような感想を漏らすと、リリスが嬉しそうに微笑んだ。




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