第21話 指導員リリス


 メアリーゼと再会できた私は魔王討伐の旅のことをたくさんメアリーゼに話した。


 メアリーゼはまるでお母さんのように優しくそれを聞いて、頑張ったところはしっかりと褒めてくれた。


「しかし、ソフィアは昔と変わりませんね。見ているだけで元気を貰えます」


「本当? メアリーゼが元気になるなら私も嬉しいな」


 やっぱり、メアリーゼと話しているととても心が安らぐ。


「メアリーゼ様、私が連れてきた手前、言いづらいですがお時間の方は大丈夫でしょうか?」


 私がそんな風にほっこりとしていると、室内で見守ってくれていたサレンが心配そうに言う。


「ああ、そうでしたね。これ以上は教会の業務に差し障りますね。ソフィア、久し振りに会えたのに残念でしたが、今日はこの辺りにしておきましょう」


「ああ、うん。そうだね。長いこと話しちゃってごめんね」


 気が付けば太陽の位置は中天を過ぎている。


 メアリーゼの執務室にやってきてかなりの時間話し込んでいたようだ。


 話が長くなってしまったのは、母さんが亡くなってしまったからなのだろう。


 もっと母さんに報告して褒めてもらいたかった。だけど、母さんは死んでしまってこのように甘えられない。


 その代償としてメアリーゼに無意識に甘えていたような気がする。


 彼女も今や教会の運営に関わる大司教だ。こうして突然時間を作るだけでも難しかったはずだ。感謝しないと。


 だけど、かつての仲間や友人と久し振りに会えたのに皆がそれぞれの生活や仕事で忙しくしている。私だけが時間が止まったまま。


 昔のように時間も気にせず語り合う時間がとれなくて少し寂しいな。


「そんなに寂しそうな顔をしないでください、ソフィア」


「え?」


「こんな仕事すぐに片づけますとも。ちゃんと時間が作れたらいっぱいお話して、お出かけをしましょう」


 心の寂しさが表情に出てしまっていたのかメアリーゼが優しい声で言ってくれる。


「そうよ。仕事が終わったり、休みの日には声かけるからね。ちゃんと予定は空けておいてよ?」


 メアリーゼだけでなくサレンもそんな誘いをかけてくれた。


 二十年前だろうと今だろうと皆にそれぞれの時間や仕事があるのは当然だ。


 何を一人でマイナスに考え込んでいたんだろうか私は。


「うん、ありがとう! 絶対遊ぼうね!」


 二人の誘いの言葉がとても嬉しくて私は笑顔で頷いた。


「ねえ、教会本部に私の知り合いは他にもいる?」


「ソフィアの主な知り合いは、他の教会支部で教育係や見習い聖女の指導員をやっている子が多いわね」


「魔王との戦争中に活躍した聖女は実力者揃いですから。他国や辺境支部に派遣され、その地を守護、あるいは次世代の聖女を育成する役目を担っている方が多いのです」


「あー、そうなんだ」


 ここには多くの知り合いがいただけに、親しくしていた彼女たちに会えないのは残念だ。


 アークの言っていた通り、世界はまだ完全に平和になったわけじゃない。


 魔王がいなくなったからといって気を緩めるわけにはいかないのだろう。


「ですが、リリスならばいますよ。ソフィアがいた時は見習い聖女でしたが、立派に聖女となって今では指導員です。この時間であれば、祈りの間で見習い聖女たちの指導をしているはずです」


「えっ、リリスちゃんがっ!?」


 リリスというのは私の後輩だ。


 九歳ながらも優秀な聖女見習いで将来有望な聖女として期待されていた。


 そんな彼女はとっくに聖女となり、今では教会本部の指導員として働いているらしい。


「わかった。ちょっと会いに行ってみるね」


 かつての懐かしい後輩に私は会いにいくことにした。




 ◆



 メアリーゼやサレンと別れた私たちは、そのままリリスのいるらしい祈りの間にやってきた。


 扉を少しだけ開けると、祈りの間の風景が見える。


 室内は薄暗く外から差し込む光がステンドグラスを通過して、地面に様々な色彩を落としていた。


「えっと、リリスちゃんは……いた!」


 大勢の見習い聖女が祈りを捧げている中、たった一人聖女服を纏って立っている少女がいる。


 緑色の髪をした小柄な女性。遠いのでよく顔まで見えないが、あの特徴的な髪色と小柄な身長は記憶にあるリリスの姿としっかりと重なった。


 昔から小柄だとからかわれており、絶対に大きくなると豪語していたが彼女の身長はあまり伸びなかったらしい。


 ちょっと残念でありながら愛らしい彼女の姿を見て少し笑ってしまう。


「指導中のようですね。終わるまでそこかで時間を潰しましょうか?」


「うーん、それもいいけどなー」


 ルーちゃんの言う通り、リリスは聖女見習いの指導中だ。


 女神セフィロト様に祈りを捧げている最中なのだろう。


 常識的に考えればルーちゃんの提案がとても正しいのであるが、自分の身に纏っている衣服を見たら悪戯心が湧いてきた。


「……ソフィア様、変なこと考えていませんか?」


 私の表情から何かしらの意図を読み取ったのかルーちゃんが顔を引きつらせる。


「ちょっと混ざってくる」


「ああっ! ちょっとソフィア様!」


 私はルーちゃんに止められる前にスッと開いていた扉から祈りの間に侵入した。


 大丈夫。今の私はどう見ても見習い聖女。


 目を瞑って祈りを捧げているリリスや見習い聖女にバレることはない。


 昔だって尿意を催したり、お腹を壊してしまった際にはこそっと退出したものだ。


 バレないように入って紛れ込むことなど私にとっては造作もない。


 祈りの間に柱の陰から陰へ移動し、最後列へとこっそりと加わる。


 シレッと膝をついて両手を組んで祈りを捧げる。


 あー、なんかこういう基礎の修行が懐かしい。


 私も昔はこうやって一日中祈りを捧げていたものだ。本当に効果があるのかはわからないけど、この世界に転生させてくれた女神セフィロト様には感謝の気持ちで一杯だったので一応真面目に祈っていた。


「……えっ?」


 聖女見習いに混ざって祈っていると、隣で祈りを捧げていた聖女見習いが戸惑いの声を上げた。


 ごめん、さっきまで隣には誰もいなかったのにシレッと知らない子が祈りを捧げていたら驚くよね。


「そこ集中なさい!」


「す、すみません!」


 隣の子が祈りを乱していることに気付いたのか、リリスの鋭い叱責が飛んでくる。


 本当は私が悪いんだけど面白いし、指導中のリリスがどんな風なのか見たいので黙っておくことにした。


 私の隣の子に目をつけたのかリリスがコツコツとやってくる。


 どうやら一緒に祈るのではなく、聖女見習いが集中しているか見張ることにしたようだ。


 リリスが私の傍まで近付いてきてドキドキする。


 落ち着いた緑の髪とは対照的な真っ赤な瞳。


 意志の強さを感じさせる形のいい眉に、小さな手足。


 二十年前は九歳だったので今では二十九歳。しかし、実際に目にした印象では私と変わらなぬ十五歳くらいの少女にしか見えない。


 ある意味予想通りなリリスの姿に思わず和んでしまう。


 近付いてくるリリスをジーッと目で追っていたからだろう。こちらにやってくるリリスとバッチリと目が合う。


 もしかして、メアリーゼのように私に気付いて――


「……祈りもせずにボーっと私を見てふざけてるの?」


 気付いてくれることはなかった。普通に怒られてしまった。


「申し訳ありません」


 バレるとなったらサラッと種明かしをして驚かせるつもりだったが、予想外の展開だ。


 こちらも思わず素で謝ってしまう。


 まさかかつての先輩の顔をこうも簡単に忘れてしまうとは。


 髪を切って大分イメージが変わったとはいえ、もうちょっと気付いてくれてもいいと思う。


「なに? 不満でもあるの?」


 そんな私の不満を誤解したのかリリスが不機嫌そうな顔になる。


 はたから見たら指導員であるリリスに怒られて不貞腐れている聖女見習いにしか見えないだろう。


「いえ、そういうわけではありません」


「なら、きちんと集中しなさい」


 誤解を解くために誠意を込めて謝ると伝わったのか、リリスはツンとした態度で他の聖女見習いのところを巡った。


 ……なんだろうね。この気持ちは……過ぎ去っていくリリスの背中を少し眺めて、私は複雑な心境で祈りを捧げることにした。



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