第19話 教会本部

「まずはどうしようか?」


 城門をくぐって王都の通りを進む中、私はルーちゃんに問いかける。


「王城に向かってセルビス様にお会いできるように取り次いでもらいましょう」


「ルーちゃんが直接行って呼ぶのは難しいの?」


「セルビス様も今や宮廷魔導士。日々の仕事も多忙だと聞いております。私でもすぐに約束を取り付けることは難しいかと」


 ただ昔の仲間に会うだけなのに随分と大袈裟と思ったが、セルビスは元々貴族家の次男だし、今や宮廷魔導士というエリートだ。


 突然、訪ねていって会えるほど暇ではないのだろう。


 私たちのために予定を空けるにもこなすべき仕事をこなしておく必要がある


「なるほど、会うのに時間がかかるんだね。それならアークの手紙を渡したら教会に行こうか」


「そういたしましょう」


 こうして本日の予定が決まり、私たちはキュロス馬車で王城に向かう。


 王城にやってくると入り口の門には豪奢な鎧に身を包んだ騎士が立っており、私たちの馬車を止めた。


 さすがは王族が住まう城だけあって、守りを固める騎士の装備も段違いだ。よく訓練されているのか王都を巡回していた騎士とは雰囲気がまるで違う。


 いかついハルバードを構える騎士に対して、ルーちゃんはアークから預かっていた手紙を差し出した。


「アブレシア教会所属の聖騎士ルミナリエです。セルティネスタ子爵から宮廷魔導士であるセルビス様へお手紙を渡して頂きたい」


「セルティネスタ子爵……勇者アーク様か!」


 ルーちゃんの手紙を受け取って、いかつい顔つきの騎士が驚愕の表情を浮かべる。


「本当か!?」


「ああ、この紋章は本物だ!」


「すごい! 勇者様からの手紙だ!」


 傍にいたもう一人の騎士も手紙を覗き込んで驚く。


 アークからの手紙というだけで、二人はかなり興奮している様子。


「……今でもアークって人気者なんだね」


「武芸を磨く者として憧れですからね。ちなみにソフィア様はそれ以上に人気ですよ?」


「アーク以上に人気ってなんか怖い……」


 魔王討伐をする前も、アークは人気が凄まじかった。


 イケメンな上に性格もとてもできている。さらに魔王と渡り合えるほどの力を持った勇者とくれば、世の中の女性が放っておけないわけで。いつも女性に寄られていた。


 アークは不思議とあまり女性に興味はないようで、その度に疲れたような顔をしていた。


 そんなアーク以上に人気があるとか怖すぎる。


「コホン!」


 いつまでも手紙を眺めて感激している騎士を見かねてか、ルーちゃんがわざとらしく咳払いをした。すると、騎士たちの表情が一気に引き締まり仕事モードに戻る。


「し、失礼しました。こちらの手紙を渡してセルビス様にお渡しすればよいのですね?」


「はい。私たちは王都の教会本部にいますので何かあれば声をかけてください。では、よろしくお願いします」


「お任せください」


 騎士が敬礼するのを見て、ルーちゃんが縄を操作し、キューとロスカが馬車を反転させる。


 しばらく進んだ後、それとなく後ろを振り返ってみれば騎士たちがまだ感激した様子で手紙を眺めていた。


 ちゃんとセルビスに渡してくれるよね? 勇者の手紙だからって持ち帰ったりしないでね?




 ◆





「着きました。王都教会本部です」


 王城の騎士にアークの手紙を渡して、セルビスにアポイントをお願いした私たちは、懐かしき王都の教会本部にやってきた。


 キュロス馬車から降りた私は目の前にある建物を見上げてポカンと口を開く。


「……二十年前よりも大きくなってない?」


 記憶にあった教会とサイズがまったく違う。


 王都にある教会だけあって、建物自体は昔から大きかったが今はそれ以上にサイズがアップしている。


 真っ白な壁に青い屋根。主塔には女神セフィロト様の石像が建てられている。


 どこの大聖堂と言わんばかりの装飾と大きさだ。


 私がいた時はもうちょっと壁も薄汚れていて、微かにヒビが入っていたような……。


「ソフィア様のご活躍のお陰で教会に多額の寄付がされましたからね」


「なるほどね」


 私が犠牲になってしまい報酬を与えることもできなかったから、王様なんかが教会に寄付をすることにしたのだろう。


 私は二十年眠りについていたわけだし大金を渡されても困るので、妥当な使い道だね。


 それで教会の聖女見習いや聖女が少しでもいい環境で育つことができるのなら本望だった。


「すみません、馬車を預けたいのですがお願いできますか?」


「か、かしこまりました! 聖騎士様!」


 ルーちゃんが教会のメイドにキューとロスカの世話をお願いする。


 メイドは随分と若い少女だったからか聖騎士であるルーちゃんに頼まれてとても緊張している様子だった。


「ここまで連れてきてくれてありがとう。しっかりと休んでね」


「「クエエエエエエッ!!」」


 キューとロスカの頭をしっかりと撫でて労うと、キューとロスカが嬉しそうに泣いてくれた。


 そして、メイドがキュロス馬車を駐車させるべき場所へ移動させる。


「では、行きましょうか」


「うん!」


 キューやロスカのことはメイドに任せることにして、私とルーちゃんは教会本部に入ることにした。


 教会本部はアブレシアの教会と似たような造りであるが、広さは段違いだ。


 アブレシアと違って聖女見習いが受付を兼任することはなく、受付業務を行う専門の女性が何人も並んでいる。教会のシンボル色である白と青を基調とした制服をカッチリと着こなしていた。


 どの女性も綺麗で品があり、とてもにこやかだ。


 ホールには女神セフィロト様の大きな石像が立っており、どこから水を通しているのか周りには水が流れている。


「なんか色々と綺麗になってるけど懐かしいや」


 外観に見合うように立派な内装になっているが、大まかな造りは変わっていなかった。


 天井はとても高く、見上げれば女神セフィロト様がキラキラとした聖魔法で瘴気を払うような美しい絵画があった。とても綺麗な絵画なのでよく見上げていたものだ。


 年月が経過して多少の劣化はあるが今でもその美しさは変わらない。


 他にもセフィロト様が聖魔法で人々に治癒を施す絵画や、大聖女ソフィアが瘴気を封じて眠りにつく絵画――は見ないことにした。


 あんなところに私の絵画があるなんて恥ずかしい。


「まずはどうしようかな?」


 教会本部にやってきたけど具体的にどうしようとまでは考えていなかった。


 とりあえず、ここならば知り合いが残っていると思っていた。


「大司教であるメアリーゼ様にお会いするのはどうでしょう? ソフィア様が目覚められたと知れば、喜ぶに違いありません」


「メアリーゼ様、大司教になったんだ! そうだね、そうしよう!」


 メアリーゼは私がこの教会本部で過ごしていた時、とてもお世話になった女性だ。


 生活面だけでなく、聖女の修行の面倒も見てくれた恩人ともいえる人物。


 こちらは教育係りのエクレールと違って優しかったので大好きだ。


 メアリーゼに是非とも会いたい。きちんとただいまと言って存分に褒めてもらうのだ。


「では、早速受付の人に聞いてみましょう」


 まずはメアリーゼがこの教会にいるか尋ねなければいけない。


 私とルーちゃんは早速と受付カウンターへと歩いていく。教会本部には多くの人がやってきており受付カウンターは並んでいる。


「次のお方どうぞ」


 列に並んで待っていると、ようやく一つのカウンターが空いたらしいのでそこに進む。


「本日はどのようなご用件でしょうか? 聖騎士様」


 にこやかな笑顔を浮かべながら応対してくれる受付の人。


 鳶色の髪を後ろで纏めており、とても品の女性だ。年齢は三十代中盤だろうか。できる大人の色香を感じる。


 二十年浄化の眠りについていたので見た目がまったく変わっていない私。若くて良かったと安堵する一方で、こういう大人の色香も早く欲しいなと背伸びする気持ちも抱くこの頃だ。


「至急、大司教メアリーゼ様にお会いさせていただけませんか?」


「失礼ですがメアリーゼ様とお会いする約束はされていますでしょうか?」


「いえ、していません」


「ご存知とは思いますがメアリーゼ様は多忙の身です。約束なしに当日にお会いするのは聖騎士様といえど厳しいかと……」


 二十年前のメアリーゼは司祭だったが、今や大司教になっている。


 いくら聖騎士であるルーちゃんでもいきなり会わせてくれというのは難しいのだろう。


「メアリーゼ様にとっても重要なことなのです。そこを何とかなりませんか?」


 それでも食い下がらずルーちゃんが言うと、受付の女性が困ったような笑みを浮かべる。


 どの表情が記憶の中にある友人のものと重なった。


「もしかして、サレン?」


「は、はい。私はサレンですが……?」


 思わず呟くと受付女性であるサレンは怪訝な表情を浮かべた。


 無理もない急に年下の聖女見習いから名前を呼び捨てにされたのだ。誰だコイツと思ってしまうのも当然だ。


「覚えてない? 私! ソフィアだよ!」


 身を乗り出して顔を近づけると、サレンの表情が怪訝なものから驚愕のものへと変わる。


「えええっ!? 本当にソ――」


『ソフィア』と叫ぼうとしたサレンであるが、ルーちゃんに手で口を塞がれて言葉が止まる。


 とはいえ、サレンの驚きの声は中々に大きかったらしく周囲の受付女性や訪れた市民も怪訝そうにしていた。


「失礼しました」


 サレンは気を取り直すように頭を下げると、周囲の人は興味を失ったのか視線を逸らした。


 危ない。教会本部にやってきて早々変な目で見られるところだった。


 ルーちゃんナイス。


 ファインプレーをしたルーちゃんに私は心の中で褒め称えるのであった。




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