第15話 瘴気持ちの魔物

「すみません、村人さんたちを襲った魔物について聞いてもいいですか?」


 クルトン村の怪我人を治癒した私とルーちゃんは村長に声をかけた。


「瘴気を宿した魔物を放置しておくと、同じような怪我人が出たり、土地が腐敗したりと二次被害が広がるので討伐する必要があります」


 瘴気を宿した魔物は自らの瘴気をバラまく。


 それは魔物から魔物、あるいは動物に移ることもあり、放置しておくと爆発的に広がってしまうのだ。


 それ故、見つけたら即座に討伐し、浄化することが推奨されている。


「おお、手を貸して頂けるのですか!?」


「それが我々の務めですから」


 放置しておくことの危なさを知っている私たちは、勿論見逃すつもりはない。


「ありがとうございます! わかる限りの情報をお伝えします!」


 ルーちゃんがそのように言うと、村長は感激の面持ちで語り出した。


 村長の情報を求めると、怪我を負ったのは傍にある森に出入りする者たち。


 狩りや採取に入った際に、オオカミのような魔物に襲われたらしい。


 黒い靄のようなものを纏っており、とても素早いのだとか。


 被害に遭った村人が瘴気に蝕まれていることから、間違いなく瘴気を宿しているのだろう。


 黒い靄に覆われていたというのも瘴気を宿している証だ。


「ということは森に潜んでいる瘴気持ちの魔物を浄化すればいいね」


「はい、どれほどの数がいるかは未知数ですが急いで駆逐するに越したことはないでしょう。奴等は一匹見かけると大抵五匹はいますから」


 ルーちゃん、そんなGみたいな表現をしちゃって。それに駆逐するだなんて随分過激な言葉を使うようになってしまったものだ。


「うん、急いで行こう! と言いたいけど、ルーちゃん本当に戦えるの? 大丈夫? 怖かったらここで待っていてもいいんだよ?」


「――ッ!? 見くびってもらっては困ります! これでも私は聖騎士なのですよ? この程度の任務は何度もこなしています!」


 そのように優しく声をかけると、ルーちゃんは憤慨したように言う。


 馬車で移動している最中に魔物と遭遇することがあっても、どれも小型ばかりでキューとロスカが撃退してくれた。


 私はまだルーちゃんが戦うところを一度も見ていない。


「そう? でも、ちょっと心配だな。大きくなっているけど、どうしても昔のルーちゃんのイメージが強いから……」


 聖騎士だし、当然の実力は兼ね備えていることはわかっているが、一番イメージが大きいのは五歳児だ。


 自分の護衛に抜擢しておきながら、なんだか戦いの場に連れ出すのが怖くなってきた。


 私がそのような心境を打ち明けると、ルーちゃんが口の端をヒクヒクと動かしてぎこちない表情になった。


 それから感情を沈めるように深呼吸をして言い放つ。


「い、いいでしょう。私がどれだけ強くなったのか今回の戦いで見せてあげます」


「あっ、ごめん。ルーちゃん怒った?」


「怒ってません。さあ、行きますよ」


 私がそのように謝るも、ルーちゃんはズンズンと森の方に歩いていってしまう。


 怒ってはいないかもしれないけど、これ明らかに拗ねてる奴だ。


 自分の口から出てしまった言葉に後悔しながらも、昔と変わらない拗ねた表情を見てクスリと笑うのであった。




 ◆





 クルトン村から東に位置する森。


 村長の情報を元に、私とルーちゃんは瘴気持ちの魔物を討伐しにやってきた。


 木々は青々と生い茂っており、延びる枝葉も多いせいか、森の中は昼間にも関わらずやや薄暗くなっていた。


 空から降り注ぐ陽光が枝葉の間を突き抜けて微かに地面を照らす。


 僅かな木漏れ日が点々と続いているのを見ると、森全体が奥へ奥へと誘っているかのように思えた。


「村長や村人の証言からすると、この辺りに瘴気持ちの魔物が現われたそうです」


「この辺りは土地が腐敗している様子はないけど、微かに瘴気が漂ってるね」


 聖魔法の素質を持ち、何度も瘴気を見て感じきたからわかる。


 この森には間違いなく瘴気があると。


 常人では感じ取れないような微かな負の力が周囲に漂っていた。


 涼やかな森の空気の中に、濁りというか淀みのような不快さが混じっているのでよくわかる。


「さすがですね。私にはまだ感じ取れません」


「ルーちゃんにはわからないの?」


 聖騎士といえば、聖魔法と剣技を扱うことのできるエリート騎士だ。


 ルーちゃんにも瘴気を感じることぐらいできると思ったのだが。


「私はあまり聖魔法の素質が高くなかったので。扱えないこともないですが、どれも平凡なものなのです」


「そうだったんだ」


 聖魔法の素質を持つ者は稀少で数が少ない。だが、それ以上に聖魔法を扱える者はもっと稀少だ。聖女見習いの道半ばで諦める者も多い。


 その言葉からして私が眠りについている間、ルーちゃんは色々と苦労したんだろうな。


 ルーちゃんの私生活の面倒こそ見ていたものの、あまりそういったところの面倒は見てあげられなかった。


 もう少しそっちにも目を向けてあげれば良かった。


「しかし、剣技や戦闘技術に関しては自信があります」


 そんな風に落ち込んでいた私だが傍を歩くルーちゃんには悲壮感のようなものは全く感じられない。確固たる自信が表情に現れていた。


 聖魔法は少し苦手だけど、それを吹き飛ばすような剣技が彼女にはあるのだろう。


「それじゃあ、やってきた魔物はお願いしようかな」


「はい、お任せください」


 私たちがそのような会話をしていると、何かが接近してきていた。


 瘴気をあまり感じられないので瘴気持ちの魔物ではない。恐らく普通の魔物だろう。


 ルーちゃんもしっかりと気配を捉えているようで、剣を引き抜いてしっかりと視線をやっていた。


 私は戦闘の邪魔にならないように少し後ろに下がる。


 ルーちゃんだけが真っ直ぐに歩いていくと、気配の主である魔物が茂みから飛び出してきた。


 バチュラーという黒い体表をした小さな蜘蛛の魔物だ。


 八本の脚で力強く地面を蹴ってルーちゃんに奇襲をかける。


 しかし、ルーちゃんは既に気配を捉えているので奇襲とはいえない。


 引っ提げた聖剣でタイミングを合わせるだけで、バチュラーは真っ二つに切り裂かれた。


 しかし、バチュラーは一匹だけではない。


 一匹がやられると奥の茂みから続けて二匹ものバチュラーが襲いかかった。同じタイミングで樹上にいたバチュラーが糸を吐いてくるが、ルーちゃんは糸を華麗躱し、二匹のバチュラーに取りつかれることもなく難なく切り裂く。


 そして、そのまま聖剣を振るうと、剣撃が飛んでいき樹上にいたバチュラーは息絶えた。


 念のために周囲に敵の気配がないことを確認すると、ルーちゃんはスッと聖剣を鞘に収めた。


 無駄な動きが一切ない。その動きは前衛で戦っていたアークのようで、とても頼もしい。


 ルーちゃんの華麗な剣捌きに私は思わず見惚れた。


 なにこれ、うちの護衛の聖騎士がヤバイんだけど。


「ルーちゃん、すごい! 剣の振りがすごく速くて綺麗だったよ!」


「ありがとうございます。ですが、これくらいは当然です」


 興奮した私の言葉に素気ない言葉を返すルーちゃんであったが、その表情はいつもよりも緩んでいた。


 クールなルーちゃんでも褒められると嬉しいみたいだ。そんなところも可愛い。


「ルーちゃんが剣を振るう姿を見ると、思わずアークを思い出しちゃったよ。なんでかな?」


「……アーク様には何度か剣をご指南いただいたことがあるので」


「なるほど! ルーちゃんの中にもアークの剣が生きているんだね」


 アークがルーちゃんに剣を教える機会がいつあったのか私は知らない。だけど、かつての仲間が後輩の面倒を見てくれたことに思わずほっこりとしてしまった。


 また私の知らないところでアークは活躍していたみたいだ。


 私もお世話になっているし、本当にアークには頭が上がらないや。もう少し身の回りのことが落ち着いたら何か手伝ってあげたいな。


「あっ」


「どうしました?」


 私が漏らした言葉にルーちゃんが怪訝そうに尋ねてくる。


「瘴気の気配が強くなった。多分、こっちにやってくるよ」


 先程の戦闘で私たちの存在を感知したのだろう。瘴気持ちの魔物の気配が猛然とこちらにやってくる。


「……本当ですね。私でも微かに感じ取れます。ソフィア様は下がってください」


「うん。でも、今度は私も一緒に戦うからね」


 聖魔法は瘴気持ちの魔物に対して、とても有効的な力となる。


 後ろで黙って見ているわけにはいかない。


「はい、援護をお願いします」


「任せて」


 ルーちゃんの言葉に私はしっかりと頷いた。




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