第11話 アークの屋敷

「やあ、ソフィア。夕食はうちで食べて行かないかい?」


 日が少し傾いてきた頃合い。


 教会の外に出るとキュロスの馬車が停まっており、アークが爽やかな笑顔を浮かべていた。


 うん、こんな爽やかなおじさんがこんな風に誘ってきたら、大半の女性は付いていっちゃうんじゃないかな。


 それだけアークの笑みには威力があった。


「今日の仕事はもう大丈夫なの?」


「ああ、何とか片付けることができたから大丈夫だよ。家族も是非会いたいって言っているから来てくれると嬉しい」


 どうやら本当に仕事の方は大丈夫のようだ。


 ルーちゃんに視線をやると、彼女はこくりと頷いた。


 特に彼女は問題ないらしい。


「それじゃあ、お邪魔させてもらおうかな」


 アークとはゆっくり話したいと思っていたし、奥さんや子供もどんな子なのか気になる。


「ありがとう。じゃあ、乗ってくれ」


 私はアークの手を取って馬車に入った。


 さすがは領主が所有している馬車だけあって、中はとても綺麗だ。


 綺麗な絨毯が敷かれており、椅子もとってもフカフカだ。


 続いてルーちゃんが隣に座り、アークが対面の椅子に腰を下ろす。


「出してくれ」


「かしこまりました」


 アークがそう言うと、御者の男性が返事をして手綱を操作する。


 すると、キュロスがゆっくりと馬車を発進させた。


「さすがはお貴族様、いい馬車に乗っていますね」


「馬車をケチると移動する際に不便なのは身に染みてわかっているから」


「間違いないや」


 一緒に旅をした時には様々な馬車に乗ったものだ。乗り合いの安物の馬車から、高級商人や貴族の所有している馬車まで。


 安物の馬車だと雨が降れば身体にかかるし、地面からの振動もすごい。


 逆に高級な馬車だとこのように座り心地は抜群だし、雨が降っても晒されることはない。振動だってバンパーのようなもので軽減してくれているのか、お尻が痛くなることもなかった。


 この世界は前世のように交通が発達しているわけじゃない。


 故によく移動に使う馬車は最上のものを使うのが良いだろう。


 移動だけで疲れてしまうのは何ともやるせない気持ちになるから。


 そんな風に軽いお喋りをしていると、ほどなくして馬車が停車した。


 馬車を降りると、大きな屋敷が目の前にあった。


 二階建ての大きな建物に広くて綺麗な中庭。芝もとても綺麗で、使用人がきっちりと手入れをしてくれているのがわかる。


「うわぁ、大きい屋敷だね」


「まあ、これでも領主だから」


 どこか照れくさそうに答えるアーク。


 そうだ、アークは貴族であり領主なのだ。


 立派な屋敷の一つや二つ構えているのは当然だろう。


 こうして屋敷を見上げるとアークも立派になったものだと感慨深くなる。


「それじゃあ、中に入ろうか」


 アークに案内されて扉をくぐると、広い玄関が広がっており、天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。


 玄関だけで母さんの家よりも広い気がする。なんて思うが、庶民の生活と比べるのがそもそもの間違いなのだろう。


 玄関にはズラりとメイドさんや執事が並んで恭しく礼をしている。


 すごい、この屋敷の主は私じゃなくてアークだけど、私が主になったかのような気分。


 ……なんかこれいいな。でも、毎日こんな風だと疲れちゃうかも。


 たまに楽しむ分にはいいかもしれない。ちょっとした貴族の令嬢の気分だ。


 ちょっと浮かれ気分でアークの後ろを付いて歩くと、談話室のような部屋に入った。


 室内には落ち着いた雰囲気の女性と少女、そして少年が立っていた。


 前に出てきたのは女性。恐らく、アークの奥さんだろう。


 というか若い! 一体、何歳なんだろうこの人? 


 アークは同年代くらいの女性が好きだと昔に言っていた。ということは、アークと同い年の三十七歳前後だよね? 


 ええっ? どう見ても二十代にしか見えないんだけど!


「初めまして、ソフィア様。この度は突然の招待に応じてくださり、ありがとうございます。アークの妻のリアスといいます。世界を救った伝説の大聖女とお会いできて光栄です」


「いえ、私はそんな立派な人では……」


「何をおっしゃいますか。ソフィア様が立派な人でなければ、世界には誰も立派な人になどいないことになってしまいますよ。ねえ、貴方?」


「ああ、そうだね」


 なんだかやたら大仰な表現がついているが、今の私は本当にそういう存在らしく、謙遜してもキリがないんだろうな。


 色々と気になるところはあるけど、とりあえずそこについてはスルーしよう。


「はじめまして、ソフィアと申します。こちらは護衛のルーちゃん――」


「ではなく、ルミナリエと申します」


 私が挨拶をすると、途中でルーちゃんが遮って自己紹介をする。


「ごめん」


「頼みます」


 忘れてた。ここは私たち二人の場じゃなかった。ずっとルーちゃんって呼んでたから、ついそのまま出ちゃったや。


 そんな私たちのやり取りを見て、リアスはクスリと笑ってくれた。


 よかった。さすがはアークの奥さんだけあって器も広いみたいだ。


「次は子供たちを紹介させてくれ」


 アークがそう言ってから子供たちに視線を送る。


 すると、アークと同じ金髪の少女と、茶髪の少年が前に出てきた。


「はじめまして、ソフィア様。アメリアといいます」


「は、はじめまして。ぼ、僕はグレアムといいます」


 アメリアはドレスの裾を掴んで優雅に一礼。


 グレアムは緊張気味で少したどたどしいが貴族らしい所作で挨拶をしてみせた。


 二人ともアークやリアスの血を色濃く受け継いでおり、将来がとても楽しみだ。


 どちらも美人さんとイケメンさんになるに違いない。


「こんばんは。アークの仲間だったソフィアです。二人はいくつかな?」


「私は先月十二歳になりました」


「僕は十歳です」


 二人の年齢を聞いて私は驚く。


「危ない。あと三年くらい眠っていたらアメリアちゃんに年を追い越されるほどだった」


「寝坊するソフィア様が悪いのです」


「あー! ルーちゃん、ひどい! こっちはこっちで魔王の瘴気を頑張って浄化してたんだからね!」


「ですから、皆さんのいる場所でルーちゃんと呼ぶのはお止めください!」


 シレッと毒を混ぜてくるルーちゃんに私は言い返した。


 効果はてき面だったらしく、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。


「ああ、僕の自慢の子供たちさ」


 父親の真っすぐな言葉を聞いて、アメリアとグレアムも照れ臭そうだ。


 それを母親のリアスが微笑ましそうに眺めている。


 雰囲気だけでわかる。いい家族だって。


 どうやらアークは領主だけでなく、父親としてもしっかりやっているようだ。


 同じパーティーの仲間がこうして幸せそうな家庭を築いているのを見ると、私まで誇らしい思いだ。


「さて、色々と話したいところだが、ここで話し続けるのもなんだ。続きは食事でもしながらどうだい?」


「賛成!」


 アークの言葉に異論がなかった私は即座に頷いた。


 実は一日歩き回ったせいで既にお腹がペコペコだったのだ。




 この日は、楽しく食事をしながらアークの家族たちと縁を深めたのだった。




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【あとがき】

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