第2話 大聖女の目覚め

――大聖女ソフィアがその身を犠牲にして二十年後の世界。




 暗闇の中にあったはずの意識がふわりと持ち上がる。それは何の前触れもなかった。


 ずっと渦巻いていた気持ちの悪いものは不思議とない。実に晴れやかな気分。


 ボーっとした意識のままとりあえず身体を動かそうとしてみるも動くことはない。


 まるでセメントで固められているかのように凝固している。


 だけど、私がその気になれば容易に壊すことができるものだと何故か感じられた。


 とりあえず、この窮屈なところから出たい!


 ふおおおおお、出るんだ! 私!


 気合を入れるとピシッ……ピシピシッと亀裂が走る音がする。


 不吉なことこの上ない音であるが、それでもやらないと私は動くことさえできない。


 無数に走っていく亀裂の音を聞きながら、それでもなお出たいと願うと凝固していた何かが派手に壊れた。


 やった! これで窮屈なところから出られる!


「いたっ!」


 ふわりとした解放感を堪能する間もなく、私は何かに激突した。


 高い場所にいたらしく結構痛い。


 痛みに呻きながらゆっくりと目を開けてみると、今いる場所が薄暗い場所だとわかる。


 周囲を見渡してみるも私以外に誰もいない。中々の広さを誇る大広間のようであるが、家具などは一切ない。


 あるのはキラキラと輝く水晶の塊と、その破片のみ。聖魔力がこもっているみたいだけど具体的にはわからない。


 唯一わかりやすくあるものといえば、大きな出入り口くらいであろう。窓もないので外の景色を窺うこともできない。


 なんか監禁部屋みたいで怖いな。


 ここは一体どこなのだろう? などとボーっと考えていると、徐々に意識が覚醒してきたのか記憶が蘇る。


「いや、待って。確か私は魔王の瘴気を抑え込むために犠牲になって……それから――」


 それから自分はどうなったんだろう? 気が付けば水晶の中に閉じ込められていた。


 自分はまたしても死んでしまったのだろうか? などと思うも、自分の意識はしっかりとある。水晶から落ちた時もしっかりと痛みを感じた。


「もしかして、私……死んでない? 魔王の瘴気を浄化しきった!?」


 女神の加護のお陰で魔王の瘴気を浄化しきったのか、それとも仲間たちが何とかしてくれたのかわからないが、私はともかく生きている。


「わーい! やったー!」


 状況はわからないが生きているだけで嬉しく、私はしばらくの間飛び跳ねた。


 さて、喜びを噛み締めたところで状況を確認するために外に出よう。ここには誰もいないし、待っていても何もわからないから。


 私は唯一の出入り口である扉へと歩いてゆっくりと手をかける。


「あれ? 開かない?」


 扉を押してみるも開く気配はない。


 確かめてみると固定化の魔法がかけられており、魔法でロックされていた。


「これって監禁状態!?」


 水晶に閉じ込めた上に魔法で扉まで閉ざすなんてそうとしか思えない。


 だとしたら、一刻も早くここを出る判断をした私は正しいのかも。


「ふーん、どれどれ……? あっ、これなら無理矢理壊せるかも!」


 こういう魔法的な仕掛けは案外魔力で乱してやればどうにかなる。


 私は扉にかけられている魔王を魔力で乱してやり、それを破壊することに成功した。


 やった! これでこの監禁部屋から出られる!


 力を入れると今度こそ扉が開いていく。そこに広がる景色は……廊下だった。


 それも地下の廊下らしく景色を窺うような窓もない。


 ……まあ、いきなりわかりやすく外に出られるわけがないよね。


「でも、この廊下……どこか懐かしい感じがする」


 この廊下の造りは私が長い間過ごしてきた教会と似ているような気がする。


 もしかして、ここは教会の地下なのかな?


「とりあえず、上を目指そう」


 地下なら人がいないのは当然だ。だったら、人がいる地上を目指せばいい。


 だけど、油断は禁物だ。ここが教会じゃなくて単なる監禁施設ということもあり得る。


 もし、人がいても迂闊に声をかけちゃいけないかもしれない。


 気配を消しながらこっそりと進んでいこう。


 そんな風に警戒しながら進み、上へと至る階段を上っていくとふと声が聞こえた。


 私をここに閉じ込めた監禁者か。そう思って息を潜めて壁に耳を当てる。


 壁越しに聞こえてきたのは、聞き覚えのある聖句の唱和だった。


 多分、聖女か見習い聖女の子たちが修行に励んでいるのだろう。私も小さな頃からうんと繰り返してきたのでわかる。声を聞かなくても、続きの言葉をそらんじることもできる。


「ここ多分教会だ」


 教会らしい造りに大勢での聖句の唱和。そんなことができるのは教会を置いて他にない。


 聖魔法は現状では瘴気に対抗するための唯一の手段だ。


 聖魔法の素質を持つ者は教会に指導され、それを学ぶことになっている。


 半ば強制的であるが並以上の生活を送れる上に家族への補助も貰える。


 戦時下ということもあって、それは素質を持つ者にとって決して悪くない事であった。


 もっとも、今がどういう状況でどうなっているかもわからないけど。


 ここが教会なら私がどうして監禁されていたのか。それだけがわからないけど、教会ならビクビクと怯える必要はない。


「あっ……」


 そう思って再び歩き出すと、私の法衣がずり落ちた。


 よく見れば魔王と戦った時のままで、法衣はかなりボロボロだった。


 私の肌が晒されて――というか、ほぼ半裸に近い。こんな状態で人に会ってしまうと露出魔などという不名誉な烙印を押されかねない。


「ひ、ひとまず、服を探さないと!」


 私は人のいるところ目指す前に、身に纏う衣服がないかと探す。


「教会ならこの辺りの部屋に備品室があるはず!」


 かつての記憶を頼りに部屋に入ってみると、私の勘はピッタリと当たった。


 備品室の中には教会に必要な多くの道具が保管されている。


 その中には見習い聖女に支給される見習い服も存在していた。


 シンプルな紺色を基調としたワンピースタイプの法衣。


 聖女になるとオーダーメイドであり、デザインに個性も出せるが、見習い聖女はこのような統一した法衣しか許されないのだ。


「私も教会の一員だし、ちょっと借りるくらいならいいよね?」


 などと言い訳を口にしながら自分に合うサイズの見習い聖女服を手に取る。


 自分の所属している教会とはいえ、備品を勝手に借りるのはバツが悪かった。


 もし、こんなことをしたら教育係のエクレールがやってきて説教をするに違いない。


 だが、今は状況が状況だ。露出魔にならないためなら仕方がないと思う。


 確固たる意志を持って見習い聖女服に袖を通す。


「よかった。ピッタリのサイズのものがあって」


 袖や丈の長さも問題ない。自分は割と小柄なタイプなので一番大きいサイズのものでピッタリだった。


 よし、これならどこからどう見ても教会に所属する見習い聖女だ。露出魔だと思われる心配もない。


 さて、一体この世界はどうなったのだろうか? 教会が残っていることや、部屋から人の声がすることから人類は滅びていないのかな。


 魔王の瘴気は本当に私が浄化することができたのか。


 どうして、私は地下にいたのか。


 仲間であるアークたちはどうなっているのか。


 色々と疑問が尽きない。


「ひとまず、誰かに声をかけてみよう」


 備品室を出て歩くことしばらく。人の声が聞こえてきたので、そちらに足を進めてみる。


「あ、あの!」


 廊下には教会の維持を担うメイドがいたので声をかけるが、慌ただしく扉をくぐってしまう。


 仕事に夢中で聞こえなかったのかもしれない。とはいえ、あそこに人がいるのは確かだ。


 私はメイドが駆け込んでいった部屋へと向かった。








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