陛下!どうしてですか? ~ベリィ会談②~

「「えええええええええええ!!!!」」

 ボール、エイクがそれぞれ素っ頓狂な声を上げる。

「盟約じゃなくて婚約?」

「ええ」

「もちろん盟約も結んでおるぞ」

「二人の縁も結んじゃったけどね」

「「ふふふ……」」

 互いに見つめあう二人。

 なんだこの二人……。いったい中で何があったんだ?

「な、なんで婚約に至ったんですか?」

「え? それは……」

 皇帝が開きかけた口をリブの手が塞いだ。

「それはあんたたちには秘密」

「「えええええええええええ?」」

 今度は個人的な興味で残念がる臣下の二人、対して腕を絡ませ見つめあう指導者の二人。

「エイクさん! もしかして陛下になにか飲ませたんじゃないでしょうね?」

「ボールさん! あなたこそうちのポンコツ姫になにか脅迫でもしたんじゃないですか?」

 普通なら蹴りが飛んでもおかしくない状況だが、当のポンコツリーダーたちはニヤニヤしたままだ。そして見つめあい――。

「そんなことされてないよね」

「当たり前じゃのう」

 今にも愛のアレを――。

「ちょーと待ってください。陛下! わ、わかりました」

 まったく理解していない顔でボールが二人を引きはがした。

「とりあえず盟約の内容を教えてください!」

「ああ忘れておった。ええと。これじゃこれ」

 ローブのポケットから紙切れが取り出された。


 盟約の内容は以下の通り


 ベリィの盟約

 ――――――――――――

 1、メラマリィー総督をリブ=メラマリィーに任命する。

 2、メラマリィー領は賠償金を免除される。

 3、メラマリィー領の官職の任命権はリブ=メラマリィーに移す。

 ――――――――――――


「あれ? 陛下、なんだかメラマリィーばかりが得しているような気がするんですが」

「そうかのう? ずいぶん得したような気がするのだが」

「陛下、もしかしてリブ様の色仕掛けでおかしくなってません? やっぱりあなたがなにか仕組んだのでしょう?」

「仕組んでなどいないと言ってるだろう?」

「おいっ」

 バチバチににらみ合っていた二人は花嫁に脇腹を殴られた。

「あたしらメラマリィー領は盟約を受け入れ、帝国の中に入ったままになった。でもあたしたちは自分たちで自分たちのことを決めれるようになった。コレコレ君はあたしらメラマリィー族の協力を取り付けて、あの裏切り者たちとその黒幕を倒せるようになった。そして二人は結婚。いいでしょ?」

 リブがきっと臣下二人を見比べる。

「まあそれなら……」

「いいんですけど……」

「二人とも、ただのポンコツじゃなかったんだね」

「はあっ?」

 リブはいつもの調子を取り戻し、逃げるエイクを追いかけていった。

 置いていかれた皇帝は呆然と立ち尽くした。絡ませていた腕の形がそのままだ。

「あのー」

「ん?」

「本当はどうして婚約したんですか?」

 皇帝は辺りを見回してボールに耳打ちした。

「実は幼い時に二人で遊んだ時に約束してな。次会ったときにどちらも結婚していなかったら結婚しようということになっておってな。本当は冗談のはずだったんだがしばらく会えなくなってさっき話してたら……」

 ボールは見て驚く。初めて見る皇帝の赤くなった顔!

「結婚した」

「え、それだけで? ホントにたったそれだけで?」

「は、はぁぁ」

 皇帝、即立ち去る。

 ボール、わけがわからず立ち尽くす。

 王様クラスの恋愛ってこんなものなんだろうか……。




 良く晴れた日。ポカポカして気持ちがいい。こんな日は散歩するに限る。ジャングルに囲まれたポドウ領都ヨドウは海に面しており、気温は高いが、心地よい海風が頬をなでる。この街にずっと暮らしていれば、暑さなんてなんてこともない。

 そんな港湾都市ヨドウの一番の名産品といえばそう、ポドウココアだ。ここのジャングルで育つカカオはとても良質であると評判で、世界中からこのカカオを求め、商人やら旅人がやってくるのだ。


 今日もそんなポドウココアを提供する老舗の喫茶店、「アダムスビーンズ」に老紳士がやってきた。この店は外にもイートインスペースを設けてあるので、青空を見上げながらココアを飲むことができる。老紳士はその一席に腰かけた。新聞を片手にもう片方の手でカップを持ち上げる。ゆっくり、ゆっくり口の中に広がっていくこの甘さ。甘~い。


 毎日同じことをしている。彼にもそんなことはわかっている。でもこの一連の動作は暇を持て余した老紳士の大事な大事なルーティーンなのだ。どこでなにが起きようがそんなことは関係ない、わしはココアを飲むだけだ。そういうスタンスであった。

「え? 総督が死亡? あのやせこけた?」

 老紳士は老眼鏡をかけなおし、新聞をじっくりと読み進める。

「ポドウ領が降伏……。マーリ・クルカラッチの占領下に……?」

 老紳士は辺りを見回す。自分のルーティーンに集中しすぎて気付かなかったが、そういえば今日は誰ともすれ違わなかったような気がする。現にアダムスビーンズに接する広場には誰もいないのだから間違いない。

「もう商売あがったりですよ」

 振り向くと、この店のマスターだった。

「みんな危ないからって田舎に逃げて行きました。まあ敵の捕虜になるのは嫌ですからね」

「はあ……」

「もうこの店も終わりにします」

「え? もうここのココア飲めないのかね?」

「ええ。次期にここは戦場になります。お客さん、店内に隠れてください。空模様もよくないですし」

 そういってマスターは上を見上げる。老紳士もつられて見上げてみる。なるほど、西からどんよりとした雲が近づいてきている。こりゃあ中に入るほかなさそうだ。

「マスター気遣いどうもありがと――」


 そこにはマスターはいなかった。あるのは残像だけだ。衝撃音がする。慌てて振り向くと広場から火が上がっていた。その手前にマスターはいた。

「くそっ。間に合わなかった。俺も老いたな」

 いつ持っていたのか大剣を両手持ちし、どこかを睨んでいる。

 睨んでいる方向には騎馬隊がいる。マーリかクルカラッチかどちらかの軍勢か。

 あの頼りない陛下がこっちの反乱鎮圧をおろそかにするからこんな目にあうんじゃわい……。

 そんなことを頭の中でぼやいていると今度は背後で音がした。店の壁に矢が刺さっている。自分の存在がばれているようだ。早く店に隠れなくては……。

 ドアに体当たりして中に転がり込んだ。


 マスターは老紳士が店に避難したのを確認すると、敵に向かっていった。

 目の前にいる騎馬隊の矢地獄をくぐり抜け、兵士の腕を斬っていく。

 目にもとまらぬ速さ。一片の迷いもそこには感じられない。その姿はまるで……。いやそんなわけはないか……。ここで老紳士は外にココアが置いてあるままであることに気付き、悔しがった。



 こちら再びメラマリィー領都ベリィのお城。皇帝たちはまだ制圧できていない東方面の作戦会議を開いていた。会議には皇帝、ボール、リブ、エイク、センバンステのリーダーが参加している。

「あとはすぐ近くの商業が発展している自由都市、ココアでおなじみポドウ領を占領しているマーリ領とクルカラッチ領、海を挟んでウェルビリム領、そしてメラマリィー領だけに宣戦布告していたヲミューラ帝国。多いな……」

「世界の8割を支配する帝国ですからね。前代の尽力で。あ」

 リブがむっとした顔をした。

「すみません。余計なことを言いました」

「いいよ。ボールもう過ぎたことだし。腹一発で許したげる」

「許されてないじゃないですか~」

 泣き顔のボールに一人の使節がやってきた。空気も読まず耳打ちする。

 その瞬間表情は一変。顔が一気に青白くなった。

「ほ、ほ、本当ですかそれ……」

 使節が頷く。

「へ、へ、陛下……」

「なんだね?」

「ハジール領が宣戦布告しました……我々に」

 つまり……。


「陛下の兄、ヨースミテキメルノが我々に宣戦布告しました!」

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