第43話 ざまぁの前の静けさ(されるがわ編)

 決勝戦の朝。

 聖鷺沼高校野球部のミーティングは、しんと静まりかえっていた。


「…………」

「…………」

「………………」


 重苦しい空気の中、ただ時間だけが過ぎていく。

 原因ははっきりしていた。

 昨日の練習後、三人の選手が退部届を叩きつけたからだ。

 それも現在の野球部に一番必要な選手、中核オブ中核が。


 エースのピッチャー、橘朱音。

 抑えの切り札、小石川みのり。

 守備の要のキャッチャー、六郷すもも。


 この超高校級の二年生トリオがいるおかげで、渚や夏実が抜けても、監督や顧問やキャプテンがまるで使い物にならなくても、なんとか勝ち残ってこれた。

 今までの試合は全て、橘朱音と小石川みのりの投手リレーで完封した。

 準決勝までの得点は全部、この三人が叩き出した。

 そんな決勝で絶対に必要な三人が、揃って三行半みくだりはんを突きつけたのだ。


 ──昨日のミーティングなんか、そりゃもう悲惨の一言だった。


「──な、な、どういうことだっ!? 三人とも決勝戦の直前に──このバカどもがっ!?」

「バカは監督てめーです。それに決勝直前だから辞めるんですよ? わたしら、監督たちバカどものせいで渚に死ぬほど打たボコられるなんて、絶対にイヤなんで」

「わたしたち知ってるんですよ、マネージャーのこと。──ま、そりゃー言えませんよね? 自分たちのいない間に、勝手に追放しやがったとか? それも口止めまでして? そんな姑息な努力の甲斐あって、追放時にいなかったレギュラーはみんな退部ってことになりましたけど?」

「笑えますねぇ? マネージャーを追放したばっかりに渚に逃げられて、夏実に逃げられて、わたしたちに逃げられて──」

「一方で万年一回戦負けだった風の杜学園は、おととし夏に全国大会優勝した東名大鶴巻温泉を25−0で圧勝、ずいぶんと差がつきました。悔しいでしょうねえ?」

「ねぇねぇ今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」


 その後も煽りまくる三人に、監督やキャプテンは最後まで何も言い返せなかった。

 だってそれらは、全てが紛れもない事実だったのだから。


 そして場面は決勝戦朝に戻る。


「……先発は高司」

「拒否します」


 苦渋の顔で告げられた先発を、三年生の控えピッチャーは即答で拒絶した。


「昨日の朱音やみのりじゃないですけど、決勝でボコられるの分かってて投げられるほど精神強くないんで」

「……監督命令だ」

「監督ちゃんと分かってます? 今日の決勝、渚が活躍しすぎたせいで地方大会なのに全国放送されるんですよ? しかも昨日、渚たちが東名大鶴巻温泉を虐殺したせいで、めっちゃ注目されてるんですよ? そんなの生徒を生け贄に差し出していいと思ってるんすか? こうなったのも全部監督たちのせいですよね?」


 部員たちは思った。

 高司はキャプテンと仲が良いんだし、なんならマネージャー追放の相談だってされてたんじゃないのかと。

 少なくとも追放の場にいたし、アンタなら止められたよねと。

 それをアタシ全く知りません的な態度は、責任ある最上級生としてどうなのよと。


「……監督命令に従わないヤツはクビだ」

「じゃあ野球部辞めます。さよなら」


 最初からそうなることが分かっていたとばかりに、高司はさっさと出て行った。

 部室の扉が乱暴に閉められ、これ以上ないと思われていた重苦しい雰囲気がさらに重くなる。


「……今日の先発、希望するやつはいるか」

「…………」

「今日は打たれても仕方ない。思い切り投げてくれればそれでいい」

「…………」


 どんなことを言われても、犬死にすると分かっている特攻隊に志願する者などいない。

 それが全国に惨めな姿を晒して、圧倒的強者にただただボコ殴りにされると分かっていればなおさら。

 ポジションがピッチャーの選手は誰もが、拳を強く握ってじっと俯いていた。

 監督と目が合ったら指名されるころされると思った。

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