第27話 男マネを追放した野球部の不穏すぎる現状1

 私立聖鷺沼学園高校野球部二年、抑えの切り札である小石川みのりはここ最近ずっと、底知れぬ不安に怯えていた。

 なにがとは言えないけど、絶対になにかがおかしい。


 多分だけど最初のきっかけは、一人の男子マネージャーが辞めたこと。


 監督には個別に呼び出されて、マネージャーは事情があって退部したので詮索するな、そっとしておけ連絡も絶対取るなときつく言われた。

 そう言われてしまえば、気にはなってもどうにもできない。


 小石川みのりは、誰かに言ったことはなかったけど、その男子マネージャーに淡い恋心を抱いていた。

 とはいえウチの主力選手なら、みんな多かれ少なかれそうじゃないかなと小石川みのりは思っている。

 男子なのに全然偉ぶらないし、仕事はこちらが恐縮するくらい丁寧にやってくれるし、なにより癒しマッサージが天才的に上手すぎるし。


 熱血バカの渚に付き合って、小石川みのり自身も身体がボロボロになるまで練習した後で。

 マネージャーに優しい声で「練習すごい頑張ったんだね。お疲れ様」とか褒められて、頭をナデナデされたりもして。

 それから凝りまくった筋肉がトロトロフワフワになるまで優しく全身癒しマッサージされちゃったら、疲れなんて吹っ飛んで最強絶好調モードに突入しちゃうに決まってるのだ。


 みんなの憧れの男子マネージャーが野球部を辞めた翌週、今度は渚が学校に来なくなった。

 小石川みのりは最初、さもありなんと思ってた。

 渚は激しい練習のしすぎでぶっ倒れる回数もぶっちぎり、そのたび例の男子マネージャーに優しくマッサージで癒やしてもらっていたのだから。

 学校に来られないほど落ち込むのも仕方ないねって囁きあった。

 渚が顧問に退部届を叩きつけた、なんて噂がちょっとだけ広まりかけたけど、監督も顧問もそんなことあるはずないって怒鳴り散らした。


 みんなで渚を元気づけようって携帯に掛けたら着拒されてた。

 誰の携帯から掛けても着拒だった。


 ──思えばこのあたりから、胸のざわざわが強くなっていったのだと思う。


 渚と退部した男子マネージャーが中心となっていた主力選手たちは、二人ともいなくなってから俯きがちになり、気がつけばお互い話すことも極端に少なくなっていた。

 監督と顧問とキャプテンは、ずっと何かに怯えたように、すぐ怒鳴り散らすようになった。


「……ねえみのり。校長が滅茶苦茶老けたの、知ってる?」

「なにそれ?」

「見たらびっくりするよ。まだ校長にしては若いはずなのに髪が真っ白になってさ、歩き方もヨロヨロして、眼もショボショボでなんかキョドってて、前より30歳くらい老けて見える」

「えー? あの校長って『わたしもう40代なのにそうは見えないでしょ?』なんて、この前の謝恩会のとき自慢してたじゃん」

「いやいやいや。今では70より若くは絶対見えないね」


 小石川みのりはその後、校庭から校長室をこっそり覗いたら本当にその通りでマジで心臓止まるかと思った。

 以前の校長とは似ても似つかない総白髪の老女が、渚の甲子園決勝ホームランの記念写真が入った写真立てを握りしめながら、一人で静かに泣き続けていた。

 小石川みのりの心に設置されたヤバいメーターが、一気にレッドゾーンを振り切れた瞬間だった。


 なにかが、とてつもなくヤバいことが起こっているのは確実だった。


 ──ウチらが甲子園連覇するに決まってるでしょ?

 ──甲子園もコールド導入すれば? ウチらの対戦相手が惨めなだけだから。

 ──いやマジ、ウチらの卒業まで負ける要素がどこにもないですわー。


 みんなでそんなことを言っていた半月前の状況に、戻りたくて仕方なかった。


 具体的な証拠はなにもない。

 けれど、あの無敵で最強だった野球部が、足元から崩壊する音が確かに聞こえる。

 もしもこれが誰かの仕組んだ結果なら、その元凶を死ぬまで殴り続けてやりたかった。


 そして六月の終わり、初めて部員たちの明らかに目に見える形で、決定的な亀裂が生じた。

 野球部一年生で唯一のレギュラーである暁烏夏実が、ミーティングの場で退部届を叩きつけたのだ。

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