第21話「準備」

 毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組は、その宣言通りに去って行った。

 中型貨物船を改造した自分たちの宇宙船にMFを格納し、すぐに出発するつもりなのか、早くも出港準備を開始している。


 サンセットの街中に警報が鳴りだしたのは、その直後だった。

 サンセット当局から発せられたその警報は街の人々に緊急事態を知らせるためのものだったが、人々に避難を促すという意味合いしか持たない。


 人類社会における辺境惑星であるサンセットには、マレフィクス宙賊団の保有する戦力に対抗できるだけの戦力が、そもそも存在しないのだ。


 人類連合宇宙軍から分派された小規模な警備部隊が駐留してはいるものの、その保有戦力は惑星の衛星軌道上を警備するための宇宙船、コルベットと呼ばれるもっとも小型の部類のものがほんの数隻しかおらず、配備されているMFも十数機でしかない。

 それも、旧式機が、更新も、何の改修も施されずに使われ続けているというありさまだ。


 巡洋艦クラスの大型の戦闘艦数隻と、MFを30機以上も保有するマレフィクス団に対しては、問題となる様な数ではなかった。


 当局にできることと言えば、人々に警戒と非難を促す、それだけだ。

 その警報を受けて、宇宙船を保有している人々は大急ぎで宇宙港に停泊させている自身の船へと向かって脱出の準備を開始し、そうでない人々は、家の中に隠れるか、郊外に車などで脱出するための準備を開始する。


 全滅を覚悟してマレフィクス宙賊団に挑むか、戦力を温存するかの選択を迫られた当局は、強大な宙賊団を恐れ、指をくわえて見ていることを選んだ様だった。


 衛星軌道上に集結したマレフィクス宙賊団の艦艇が肉眼でも見えるほどなのに、戦闘が行われている様子はまるで見当たらない。

 そして、惑星サンセットの衛星軌道上を我が物顔で占拠したマレフィクス宙賊団は、すでに惑星上への降下を開始した様だった。


 マレフィクス宙賊団は大気圏内への突入、そして離脱が可能な性能を持つ揚陸艦すら保有していた。

 サンセットの赤い空に、MFを乗せて降下を開始するマレフィクス宙賊団の宇宙船の姿がはっきりと見える。


 その姿を見たレナは、自身の隣で何が起きているのか理解できずに戸惑っているウィルの方を振り向き、強い口調で言った。


「ウィルくん。今すぐ、アウスさんのところに戻りなさい。そして、アウスさんを連れて、どこかに逃げて、隠れるの」

「……。あいつら、じーちゃんのところに行くつもりなんだね」


 だが、レナの言葉を聞いていたウィルは、いつの間にか戸惑いから抜け出した様子だった。

 そして、何かを決意している様な顔で、レナの方を振り返る。


「僕、戦うよ。……じーちゃんはここ何年かの間に、かなり身体が弱っているんだ。どこかに逃げたとしても、そこで死んじゃうよ。だから、僕は戦うよ」


 そのウィルの表情を見て、レナは驚きに双眸を見開いた。


「あなた……。まさか、アウスさんのこと、気がついていたの? 」

「うん。確かめたりしてないけれど。本当は、ずっと、そうなのかもって思ってた」

「……。そう」


 それから、レナはサンセットの赤い空を仰ぎ見た。


 マレフィクス宙賊団の揚陸艦はすでに大気圏突入後の減速を終え、安定した飛行姿勢に入っている様だった。

 重力に逆らって船体を浮き上がらせるためのエンジンが力強い輝きを放ち、マレフィクス宙賊団の紋章を大きく描いた揚陸艦は、まるで、自分こそがこの惑星の支配者であると主張する様に悠々と空にある。


 そして、その揚陸艦のハッチが開き、次々とマレフィクス宙賊団のMFたちが顔を出す。


 機数は、12機。

 どうやら、揚陸艦の搭載力の関係で、マレフィクス宙賊団の全力が振り向けられてきているわけでは無い様だった。


 それでも、その戦力は強大だ。

 ウィルがアレスで挑んでいったとしても、敵うはずがなかった。


 加えて、宙賊の揚陸艦はMFだけではなく、歩兵部隊も降下させたようだった。

 反重力エンジンで高度数百メートルまでなら飛行可能な空飛ぶ車、エアカーに乗った宙賊たちは、4台のエアカーに分乗し、合計で20名ほどもいる。


 レナは降下した宙賊たちがアウスのいる農場を目指していく光景をその目で確認した後、大きなため息をつきながら視線を水平に戻した。


 レナは、毒蛇(ヴィーペラ)団を臆病者(おくびょうもの)と罵(ののし)ったが、実際のところは、あの3人組の言っていることは間違いではなかった。

 レナたち賞金稼ぎは宙賊を退治することで生きているが、それは治安活動の一環であり、「戦争」をすることはその仕事には含まれていない。


 サンセットの人々のために、ましてや、年老いた1人の老人と、老人以外には身寄りのない少年のために戦うことなど、賞金稼ぎには求められていない。

 そのような義務も責任も、賞金稼ぎにはない。


 だが、レナの腹は、すでに決まっていた。


 ここで、自分が命を張る必要性も、義理もない。

 だが、ここで何もしなければ、自分は自分ではなくなってしまう。

 そんな気がしたのだ。


「分かったわ、ウィルくん。でも、あなたの機体には何も武装がないわ」

「そうだけど、それでも、僕は戦うよ、お姉さん 」

「そうね。……キミの決意は本物みたいだから、私もできるだけ、力を貸すことにするわ」


 レナの言葉に、今度はウィルの方が驚かされた様だった。

 ウィルもまた、サンセットとは縁のないレナが、命を懸けてまで戦う理由がないということを理解していたからだ。


「いいの? お姉さん」

「いいのよ、ウィルくん。……それに、私は、力があるからって、自分勝手な都合でそれを振り回す奴らが大嫌いなの」


 ウィルの言葉に、レナは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

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