第19話「宇宙港」

 ウィルの農場の裏手には、1機のMFがうずくまっていた。


 全身が赤く塗られた、奇抜な格好のMFだった。

 だが、その赤い色は機体の装飾として塗られたものではなく、どうやら、錆止めの下塗り用の塗料の色である様だった。


 防水シートを被せてあり、今はウィルの手で取り払われている最中のその期待は、話の中に出てきたとおり、今は武装を解除されて、作業用のWFとして使われているらしかった。

 おそらくは装甲鈑で覆われていたはずの機体の各所から装甲が取り払われ、内部が見えている他、FCSなど戦闘に必要な装備が全て取り払われている。


 レナは、ウィルがシートを取り外すのを手伝いながら、機体について確認する。


「見たことのない機体だわ。どこで手に入れたの? 」

「さア? じーちゃんが昔から乗っていたっていうけど。すごく古い機体だけど、もう他に残っている機体も無いだろうから、売らずに残しておいたんだって言っていたよ」

「……ふぅん、そうなの」


 やがて機体のシートが全て取り払われると、ウィルはコックピットハッチを開き、レナを手招きした。


「乗って、お姉さん。僕が操縦するからお姉さんにはシートの後ろの隙間に潜り込んでもらわなきゃなんだけど、僕が先に乗っちゃうと乗りにくいだろうから」

「分かったわ。……ん、確かに、古そうな機体ね」


 レナはウィルに言われた通り先に機体の中へと乗り込んだが、そこに並んでいた機材を目にして表情をひきつらせた。

 どれもこれも、骨董品(こっとうひん)と言えるようなモニターが並んでいる操縦席は、それが何世代も前の機体だということをこれでもかと主張している。


「大丈夫。整備はちゃんとしてあるから動くし、こう見えて、けっこう動けるんだよ、この機体」


 ウィルがそう言いながら操作をすると、確かに操縦席に設置されていたパネルは正常に起動し、機体のシステムは問題なく働き始めた。


「Ares、アレス? それが、この機体名前? 」


 レナは、そのシステム画面に表示された型番とアルファベットの羅列を見て、不思議そうに首をかしげた。


 レナの父親が経営するノービリス・グループは、人々が日常生活で使用する様なものから軍用品まで、何でも売っている大企業だ。

 その中にはレナが乗っている「ミーティア」の様なMFもある。


 ノービリス・グループの社長令嬢として育ったレナはその関係でMFについてもかなりの知識を持っていたが、この、アレスという名前の機体のことは少しも見た覚えがなかった。

 強いて言うのなら、型番から、今から100年程度前、人類が太陽系を防衛するためにストレンジと戦っていた時期に試作されていた機体らしいということは分かる。

 そうだとすれば、本当に骨董品だった。


「ねぇ、ウィルくん、この機体、本当にちゃんと動くの? 」

「へーき、へーきだって、お姉さん! 」


 レナは今更ながらに不安になって来たのだが、ウィルは全く取り合わず、機体の最終チェックを終えると、「お姉さん、しっかりつかまってね! 」と言い、機体のブースターを吹かした。


 強力なブースターが搭載されているらしく少し衝撃はあったが、アレスは空中に安定した姿勢を浮かび上がり、宇宙港へ向かって飛行を開始する。


(この機体、バイザーデイスプレイさえないのね……)


 レナは操縦席のモニターを見ながら操縦しているウィルの姿を背後から眺めながら、機体のあまりの古さに呆れ、同時に、そんな骨董品(こっとうひん)がまだちゃんと飛ぶことに感心させられていた。


 惑星の重力を振り切って飛行できるだけの推力を持つアレスは、車よりもずっと早く宇宙港に到着することができた。


 宇宙港は惑星サンセットの開拓黎明期(れいめいき)からずっと使われ続けている古びたもので、宇宙船を着陸させるための長大な滑走路、着陸した宇宙船を駐機させておくための広大な駐機場、整備ドック、宇宙船の離着陸を支援するためのレーダーと管制塔が設置されている。


≪接近中の機影、こちらはサンセット宇宙港管制塔。あなたは当宇宙港に接近中ですが、その飛行の目的を明かされたし≫


 宇宙港に向かうアレスをレーダーで捉えた管制塔から発せられた落ち着いた男性の声での誰何(すいか)に、レナはウィルからヘッドセットを借り受けて応答する。


「こちらは、人類連合政府公認の賞金稼ぎ、レナ・ノービリスです。実は、そちらの宇宙港に停泊中の私の宇宙船のAIから、トラブルの報告がありまして。急いで戻って来たんです。そちらで、何か把握されてはいないでしょうか? 」

≪……確認できました。良かった、実はMFが3機、ノービリスさんの宇宙船を囲んで騒いでいまして、こちらも対応に困っていたのです。そのまま接近を許可いたしますが、くれぐれも大ごとにはなさらないでくださいね? ≫

「ご許可いただき、感謝します。相手次第ですが、他の方々に危害が及ばぬよう、注意させていただきます」


 管制塔とのやり取りを終えたレナはヘッドセットをウィルに返すと、自身の宇宙船、ベルーガが停泊している場所を教え、その近くに降りるように指示した。


 すぐに駐機場を目視することができ、状況が明らかになる。


 レナの宇宙船、白く美しい船であるベルーガを、3機のMFが取り囲んでいた。

 全機、「アイアンドール」という名前の、人類連合宇宙軍で使用された前世代の主力MFを、独自にチューンアップした機体だった。


 1機は、装甲と火力を増大させ、合わせて推進力も強化された「単純に強くした」改造を施された機体で、頭部に通信機能を強化するためのアンテナがついている。

 もう1機は、装甲を減らす代わりに運動性と機動性を向上させ、相手をスピードで翻弄(ほんろう)し、接近戦を挑めるようにカスタムされた機体だった。

 そして3機目は、とにかく装甲を重視した機体で、火力支援タイプなのか両手に実弾タイプのマシンガンと両肩にガトリング砲を装備している。


 いずれの機体も、蛇のマークが描かれている。

 毒蛇(ヴィーペラ)団のMFで間違いない様だった。


 ウィルがアレスを着陸させると、ベルーガを取り囲んでいた3機は宇宙船の包囲を解き、アレスの正面へと集まって来た。

 そんな3機を前に、レナはウィルにコックピットハッチを開いてもらい、ウィルと一緒にハッチの上に立って、目の前に並んだ3機を睨みつけた。

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