第11話「スリ」

 レナが店を出ると、辺りはすっかり夜になっていた。

 昼間は赤く彩られていた空も、夜は暗く、星たちが輝く、かつて歴史の授業で学んだ「地球の夜空」とさほど変わらない姿になる。


 そこはサンセットでいちばん大きな街で、宇宙船の離発着が行われる宇宙港がある場所だったが、大きいと言っても辺境惑星の全人類の99.9パーセントは名前も知らない様な惑星だったから、夜は暗く、静かだった。

 街の通りには街灯があり、立ち並ぶ建物から明かりは漏れているが、それでも、星がちゃんと見えるほどだった。


 レナは腕時計型の携帯情報端末で帰り道を確認すると、宇宙港に停泊させてあるベルーガへと向かった。

 この街で宿をとっても良かったが、今から探すのも面倒だったのだ。


 レナは、早くベルーガに帰ってお風呂に入りたかった。

 そして、お風呂を出たらそのままベッドに倒れこむ。

 いろいろあった一日だったから、きっと、ぐっすりと眠れるだろう。


「……近道、しようかしらね」


 レナは携帯情報端末が空中に投影表示している地図を眺めながら、宇宙港へと続く近道を見つけてそう呟いた。


 それは、どこにでもありふれた小道だった。

 建物が左右に立ち並んでいる小さな通りで、ポツン、ポツンと街灯が設置してあるだけで薄暗い。

 それでも、宇宙港へは最短経路で向かうことができるだろう。


 早くベルーガに戻りたかったレナは、迷うことなくその小道へと入り込んでいった。


 左右に建物が立ち並んでいる通りだから、壁に音が反射して、足音が反響する。

 コツン、コツン、コツン、コツン。

 全く同じタイミングで重なった2つの足音が、辺りに鳴り響く。


(さて、そろそろかしらね)


 レナは、店を出た直後からずっと自分の後をついてきた人物が、自分の後をつけていることを確信して、薄らと笑みを浮かべた。


 やがて、レナは、街灯が設置されていない、薄暗い場所へと入っていった。

 それとほぼ同時に、背後の足音のペースが乱れ、これまで一定に保たれていた距離を詰めてくる。


 レナは背後から接近してくる足音に耳を澄まし、そして、タイミングを見計らって素早く身をかわした。


「おっと、ごめんよっ!? 」


 そう言いながらレナにぶつかろうとしたのは、痩(や)せた小男だった。

 小男は突然動いたレナに体当たりをかわされたうえ、レナの脚に引っかかって転倒し、ごろごろ2回転して止まった。


「あらあら、ずいぶん勢いよく転がっていったわね 」


 街灯の光に照らされるところまで転がり、驚いてレナの方を呆然と見ているその小男に、レナは不敵な笑みを浮かべる。


「悪いけど、私、こう見えてもけっこうやり手なの。スリでもするつもりだったんでしょうけど、あいにくだったわね? 」


 数歩、笑みを浮かべながら距離を詰めてくるレナから、小男は媚びるような笑みを浮かべながら後ずさった。


「へ、へへへへ、ね、姉さん、悪かったよ。もう、スリ何てやめるからよ、な? み、見逃しちゃくれねぇかよ? 」

「そうはいかないわ」


 小男の提案をレナは鼻で笑い飛ばす。


「酒場にいた時から私のこと見てたのなら分かっていると思うけれど、私、まだムカついているの。それに、あなた、その口調だと常習犯よね、スリの。当局がどんな判断をするか知らないけれど、行くところに行って、しっかり反省した方がいいんじゃないかしら? 」


 小男は額に冷や汗を浮かべながら、媚びるような笑みを浮かべ続けていたが、その目に剣呑(けんのん)な気配が生まれる。


「……この、アマぁっ! 」


 そして、小男は突然そう叫ぶと、懐から細身のナイフを取り出し、レナへと飛びかかった。


 小男はきっと、見た目は見目麗しい可憐な女性でしかないレナであれば、倒せるとでも思ったのだろう。

 しかし、レナにとって、小男のその行動は予想済みのものだった。


 レナは小男が切りつけてきたナイフを素早くかわし、手刀(しゅとう)を作って小男の手を強打してナイフを叩き落とすと、右脚で小男のあごに蹴りを入れた。


「くっ……、クロッ……! 」


 男は、そんな奇妙な悲鳴と共にその場に倒れこみ、失神した。


「ふん。狙う相手は、きちんと選ばないとね」


 レナは地面に転がった小男を見下ろすと、勝ち誇ったように言った。


 そして、背後にもう1人の気配を感じ取り、慌てて、格闘の構えを取りながら背後を振り返る。


「ちょっ、待った、お姉さん! 僕は何もしないよ! 」


 臨戦態勢のレナの闘志を向けられて、背後に現れた少年は両手をあげて抵抗の意思がないことを示した。

 それは、酒場でマスターにキッドの情報をたずねていた、黒髪の少年だった。


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