第28話 痛み

「足をもんでくれないか」

「うん」

 私は彼のふくらはぎを揉んだ。筋力の衰えやせ細ったふにゃふにゃのふくらはぎだった。その表面にはいつの間にできたのか、お年寄りの肌にあるような黒いシミのようなものが、斑点のように広がっていた。

「痛いの?」

「うん」

 彼が力なく答える。

「死ぬなら早い方がいいな」

 彼がぼそっと言った。私はドキッとする。彼は仰向けに寝たまま天井を見つめていた。

「・・・」

 私は何も言うことができなかった。励ます言葉など薄っぺらいし、理屈をこねても意味がない。希望を語る言葉は、希望自体がなかった。

「話を聞いたんだ」

 彼が天井を見つめたまま言った。

「何の話?」

「僕と同じガンの方の遺族という人に、亡くなった時の最後の経過を聞いたんだ。たまたま病院で隣り合わせてね」

「・・・」

「それは壮絶なものだったよ」

「・・・」

「僕には耐えられそうにない」

「・・・」

「聞いているだけで、恐ろしくて気を失いそうになったよ」

 彼は震えていた。

「・・・」

 私はやはり、何も言えなかった。何か言いたいけど、彼を元気にする言葉を言いたかったけど、何も言えなかった。何も・・。

 チュン、チュンチュン、チュン

 悲壮な沈黙の流れる病室に、窓外の雀たちの陽気な鳴き声がやけに響いた。

「僕を弱虫だって思うかい?」

「ううん、思わないわ」

 私は震える彼を抱きしめた。私にはそれしかできなかった。それしか・・。

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