第2話 恋に落ちる

 私たちは恋に落ちた――。

 恋に落ちたというより、私たち以外の全ての世界が、私たちが出会う遥か以前から、浮き上がっていたというべきだろうか。なんか落ちたというよりは、私たち二人は、最初から二人だけ世界と高さがずれていたというか、何か違っていたような気がした。なんだか、よく分からない表現になってしまったが、私たちは、生まれる何億年も前から恋という溝に二人だけ落ちていて、そして、今、恋に落ちていたことに初めて気付いた、もしくは発見した。そんな感じがした。

 とにかく私たちは世間で言う恋に落ちた。私たちに一般的な男と女の要する、時間も手間も言葉も手続きも必要なかった。だって、最初から落ちていたのだから――。

 私がいつものように彼のところへ行くと、彼は絵を描いている敷地脇の街路樹の下の地べたに、仰向けに横になり昼寝をしていた。あまりにのんびりとした姿に、私は思わず笑ってしまった。彼はいつだって自由だ。

「・・・」

 何とも、平和な寝顔をしている。私は彼が起きるまで、その横で待つことにした。

 彼はなぜか、木陰ではなく、夏の日差しが燦燦と降り注ぐ日向で寝ていた。私は持っていたうちわでそよそよと彼を扇いであげた。

 夏真っ盛りのお昼過ぎ、日差しは燦燦、気温はマックス。でも、どこか涼しい風が吹いていて、私は心地よかった。

「ん?」

 突然、彼がむくりと顔を上げた。

「は~い」

「あれ?」

 彼は私と太陽を交互に見つめ、私の存在と、自分が日向で寝ていることに驚いたみたいだった。

「扇いでくれていたの」

「うん」

「ここは天国以上の天国だね」

 彼はまだ眠そうな顔でそう言った。私は笑った。

「なぜ日向に寝ているの」

「寝た時には、木陰だったんだ」

「太陽が動いたのね」

「うん」

 彼は頭をぼりぼりとかいた。

「寝過ぎてしまったよ。今何時だい」

「三時よ」

「えっ、・・・」

「いつから寝ていたの」

「昼から」

 彼はしまったなぁ、といった顔をした。

「よく寝たわね」

 私はそんな彼の顔に思わず笑ってしまった。

「三時間も寝てしまったよ。昨日の夜、十時間以上寝たんだがなぁ」

 彼は困ったように首を傾げ、そのもじゃもじゃの鳥の巣のような頭をぼりぼりとかく。その姿が更に面白かった。

「いいじゃない、時間はあるんだから」

「うん」

 そう言いつつも、彼は寝過ぎた頭をがくりと落とした。

「君は何時からいたの」

 しばらく、自己嫌悪に陥った後、彼は顔を上げた。

「う~ん、昼過ぎくらいかな」

「二時間以上もそこにいたの」

 彼は驚いた。

「うん、あなたの寝顔を見ていたから、なんだか楽しかったわ」

「そうか」 

 彼は少し照れ臭そうに、笑った。私も笑った。私たちは幸せだった。だって、私たちは恋に落ちているのだから――。 

 

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