第13話 挑戦の始まり

 浄化が完了するまでの待機を要請され、リアが承諾すると係の女性種は駆けるようにして文礼室の中に消えた。処置のために何か必要な物があるのだろう。


 リアは振り向いてアルに声をかけた。


「聞いてたわね? 少し待ちましょ」


 アルが頷き、リアは肩を並べて窓口の横で壁を背にした。


 もう最終日なので空いているかと思えば直前に利用した組がいて、その上、待たされるとは。意外な成り行きだった。


 空いた時間を利用してリアは儀式の内容を説明することにした。どうやらアルは王選びに参加する際の大まかな説明しか受けていないようだった。知識は事前にあるに越したことはない。


 リアが儀式の詳細を伝えている間にも幾人かの文礼員が廊下を行き来し、文礼室と向かいの扉との間で出入りを繰り返した。この地における重要な場所なので入念に穢れを払っているものと思われた。


 アルと話していると声がかかった。手順について一通りなぞり終えた頃だった。


「こちらにお二人の名前をお願いします」


 先ほど応対してくれた文礼員が一枚の紙を指し示した。儀典堂の使用願いだった。名前を記入する欄の上に、同時に王選びにおける組み合わせとして登録する旨が記載されている。


 リアに促され、まずアルが名を書いた。続いてリアがペンを取る。


 ―ここから、魔王を目指したあたしの挑戦が始まる。


 見慣れた綴りを書き記しながら、リアはいつにない高揚を覚えた。


 二人がサインをし終えると、紙を受け取った文礼員は奥へと姿を消した。しばらくの後に横のドアから出てきた文礼員は鍵束を携えていた。一本の鍵と四角い棒状の金属体がセットになっており、金属体の表面には入り組んだ直線が彫り込まれている。リアたちが待っている間にも一度閉じられて納められた鍵だ。管理の厳格さを示していた。


「こちらへ」


 文礼員は窓口の向かいにある金属製の扉を指し示した。二人は後ろに倣って扉まで歩いた。


 一枚ものの扉は上方が丸かった。幅が広く高さもある。ドロスのような人物でも通れるだけの余裕があった。二人を導く文礼員は鍵を使って扉を開けた。見た目ほどの重量はないらしく、扉は滑らかに開いた。


 内側に開いた扉の向こう側は小さな空間になっていた。扉の枠から入り込む光では床が石でできていることと扉の幅程度のスペースが確保されていることぐらいしか分からない。先は暗がりで見通せなかった。


 二人が中を窺っていると文礼員が身体の前で腕を上げ、手首から先を使って何かを払うような仕草をした。所作と同時に壁の両側に灯が連続して燈る。魔族が好んで使う相転儀を込めた灯りだった。透明な結晶体の中に閉じ込められた火は光を発しながらも周囲を焦がさず、有害なガスも発生させない。使用する者の魔力によって操作が可能で、結晶体を破壊しない限り半永久的に駆動する。文礼員の動作は灯を作動させるための魔力の発動を意味した。動作を伴うやり方は意識の集中よりも稼動が容易だった。扉の先は下に続く階段になっていた。


 二人に声をかけ、文礼員が階段を降り始めた。アルとリアは文礼員を先導にして石積みの階段を進んだ。儀典堂は地下深くにあるようだった。調制士に対する事前のレクチャーでは、儀式の内容は教えても詳しい所在は教えない。幾度かの折り返しを経て階段を進み、文礼員と二人は開けた場所に降り立った。


 終着点は通路になっていた。進んできた階段は人が通るのに十分な幅があったが、さらに余裕のある造りのために唐突に開けた印象があった。両脇の壁には階段と同じく灯火が並んでいた。最初の文礼員の操作に反応したのか灯が燈っており、通路をほの明るく照らし出していた。


 通路の先にはさらに扉があった。巨大な両開きの扉だ。文礼員に促され、二人は扉までの短い距離を歩いた。


 二人は文礼員に導かれて扉の前に立った。荘重な紋様を刻んだ金属製の扉は人の背丈の三倍はある。不可解なのは扉に合わせ目が見当たらないことだった。分かれた紋様のせいで一見扉に見えるが、これでは壁にはめ込まれた巨大なレリーフだ。


「?」


 リアが怪訝に思っていると文礼員が棒状の金属体を扉の穴に差し込んだ。相転儀を使った複製不能の鍵だ。同時に穴の位置を中心にして光の筋が上下に走った。音も無く合わせ目が出現していた。


「わたくしどもが付き添うのはここまでです。儀式を終えられたらお知らせください」


 リアが礼を言うと文礼員は一礼して通路を戻っていった。


 文礼員の背中を見送り、姿が見えなくなってからリアは扉に向き直った。片方の扉に手を当てて静かに押し開く。扉は思ったよりも軽く、女性種のリアにも動かせる。見た目相応に重みはあるため、リアは開く動きに合わせて中に入った。

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