第20話 散歩と痛い場所

昼食が終わるとエディングに誘われて薔薇で彩られた庭園を歩く事にしたのは良いのだけど、どうしてこうなったのだろうか。


「エディ、そろそろ下ろしてもらえない?」


お姫様抱っこをされた状態で庭園内を進んで行く。

皇族専用のそこは私達以外の人は居らず二人きり。誰かに見られる心配はない。

ただ二人きりだからといって恥ずかしくないわけじゃないのだ。


「辛いのだろう、駄目だ」


エディングがお姫様抱っこをするきっかけを作ったのは私だ。

昨晩の行為の名残りで様々な場所に痛みが生じていた私は歩く速度がいつもよりも遅くなってしまった。心配してくれたエディングに「腰が痛くて…」と苦笑いで答えたのだ。結果、気遣ってくれた彼にお姫様抱っこされる事になった。


「もう大丈夫だから。それにエディも疲れたでしょ?」


かれこれ三十分以上はお姫様抱っこされたままだ。

軽いわけじゃない私を抱っこし続けるのは流石に疲れたはず。それなのにエディングは「このくらいで疲れるような柔な人間に見えるか?」と見下ろしてくる。

微妙に怒っているように感じられるけど軍人に疲れたは言っちゃ駄目な台詞なのだろうか。


「良いから掴まっていろ。決して落としたりしない」


落とされる心配はしていない。ただ恥ずかしいので下ろして欲しいだけだ。

離す気はないと抱きかかえる力を強められてしまう。


「それよりも薔薇を楽しまないと損だぞ」


何重にも連なった薔薇のアーチを抜けた先に佇むのは美しく咲き誇る薔薇に囲まれた真っ白な四阿だ。

水やりをしたばかりの薔薇は太陽に照らされ色とりどりの輝きを放っていた。


「綺麗な場所ね」

「母上のお気に入りの場所だ。レイも喜ぶと思って連れて来た」


皇妃様のお気に入りの場所とは私が入っても良いのだろうか。そう思うがエディングに尋ねたところで「レイも皇族なのだから問題ない」と返されて終わりだ。

それにしても本当に綺麗な場所だ。皇族しか入れない為、誰にも邪魔される事なく薔薇を楽しめる。良い場所だ。


「気に入ったか?」

「ええ、とても…」

「折角だからレイ専用の薔薇園でも造らせるか」


さらっと凄い事を言うエディングは満面の笑みを浮かべて楽しそうだ。

自分専用の場所があるのは嬉しいけど流石に薔薇園はもらえない。もらったところで持て余すか入り浸るかの二択しか考えられないからだ。

私好みの素敵な部屋をもらえただけで十分である。


「折角だけど時々ここに連れて来て貰えるだけで十分よ」

「そうか?」


残念そうに聞いてくるエディングに頷いて肯定する。首元に頭を擦り付けて「気持ちだけで十分よ」と微笑みかければ何故か溜め息を吐かれてしまう。


「レイ、誘っているか?」

「え?誘っていないけど?」


またこの薔薇園に連れて来てもらいたいけど別に今は誘っていない。

彼の言いたい事が分からず首を傾げると「無自覚か」と悔しそうに言われてしまう。

一体なにが無自覚なのだろうか。


「いや、何でもない」

「でも…」

「気にしなくて良いから今は薔薇を楽しめ」

「え、ええ…」


どこか拗ねたような表情を浮かべるエディングから薔薇に視線を移すが集中出来ない。

彼の態度が気になり過ぎるのだ。

小さな声で「怒ってる?」と尋ねると首を横に振られてしまう。


「自分の勘違いに呆れているだけだ」


エディングは苦笑いで答えてくれた。

なにを勘違いしたのだろうか。考えてみたが答えは出なかった。どういう事か尋ねてみても「レイは気にしなくて良い」と返される。


「気になるというなら夜に教えてやる」


意味あり気に笑ったエディングの意図に気が付かない私は嬉しくなって笑顔で頷く。

その事を後悔したのは次の日の朝になってからだった。


「エディ、座って話しましょう?」


流石に私を抱っこさせたままというわけにはいかない。私の提案にエディングは「そうだな」と笑ってくれる。しかし四阿に辿り着いても彼は私を離してくれなかった。横抱きにしたまま椅子に腰掛け、膝に乗せた状態でこちらを見つめてくる。


「エディ、下ろして」


エディングを休ませる為に座ろうと提案したのにこれでは休ませてあげられないじゃないか。呆れた口調で言うと「駄目だ」と即答されてしまう。それどころが労るように腰を撫でてくれている。


「あの、下ろして…」

「他に痛いところはないか?」


おろしてという言葉に耳を傾ける気がないエディングは被るように尋ねてくる。

全身が痛いけど一番痛い場所は口に出せない。

昨晩エディングと深く繋がった場所の入り口付近がひりひりと痛むのだ。

撫でてもらうわけにはいかない。


「大丈夫よ」

「嘘だな。どこが痛いんだ」


私が分かりやすいのかエディングが鋭いのか誤魔化してしまったのがバレてしまう。

言えるわけもなく「本当に大丈夫ですから」と返せば疑惑の眼差しを送られる。居た堪れない気持ちにさせられるのは彼からの威圧感が凄まじいせいだ。


「正直に話せ」


怖いわ。

私に対する態度が甘々過ぎるせいで忘れかけていたがエディングは冷酷な人間として恐れられている存在。真顔の威圧感が凄まじいのも納得だ。

答えに言い淀むと彼は顔を近付けて「言わないと触って確かめるぞ」と脅してくる。

そう言われてもどう答えたら良いのか分からない。ただこのままだと全身ベタベタと触られて確認されてしまう。


「あの、……が痛くて」

「聞こえないぞ」


わざと声量を下げたのに。

困ったような表情を浮かべたエディングは「はっきりと言ってくれ」と言ってくる。心配してくれるのは有り難いけどこれについてはもう放っておいて欲しい。しかし許してくれないのがエディングである。


「レイの身体が心配なんだ。教えてくれ」


指先にキスをしてくるエディングは懇願するような視線を送ってくる。

そこまで心配するような事じゃないのに大事にしているのは他ならぬ私だ。

ここは腹を括るしかない。


「エディ、耳を貸してください」

「うん?」


他に誰も居ないのだからはっきりと言えば良いがお昼過ぎから言うような言葉じゃないし、義妹となったティベルデが訪れる可能性だって否めない。

寄せられたエディングの耳を両手で囲い、周りに聞こえないように痛みが走る場所を伝えると一瞬で彼の顔が赤に染まった。


「それは、その、すまない…」

「え、エディが悪いわけじゃないですから」


ひりひりしているのもそうだけど、まだエディングが中にいるような感覚もするのだ。

流石にこれは言えない。

変な空気が二人の間を流れていく。


「薬を用意させよう」

「大丈夫よ、数日経てば治ると思うから」

「それでは遅い」


なにが遅いと言うのだろうか。首を傾げるとエディングの顔が耳元に近づいてくる。


「今晩も抱くつもりだ。早めに治そう」


囁かれた言葉に顔を熱くさせる。

流石に一晩で子を授かれるとは思っていないが毎晩のように営むものなのだろうか。

そういえばベシュトレーベン王国にいる友人が新婚の間は毎晩のように求められると言っていた。

冗談だと思っていたけどあれ本当なのね。


「レイ、部屋に帰ろう」

「ええ…」


どうやら今晩も抱かれるらしいが大丈夫なのだろうか。

不安だけが胸に残った。

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