第17話 初夜

挙式後、大規模な祝賀会が催された。

ほとんどが挨拶だけで終わり、食事に手をつける暇を与えてもらえないほどあっという間に時間は過ぎ去っていった。

そして迎えた初夜。


湯浴みを済ませた私は一人で大きなベッドに座っていた。

寝間着として用意されたのは普段よりもずっと薄い生地が用いられたネグリジェ。膝上までしかないワンピースタイプで、胸元にはピンクのリボンが添えられている。リボンを解く事によって前が肌蹴るという仕組みらしいがよく分からない。冷えないように薄いピンク色のガウンを羽織り、のんびりとエディングがやって来るのを待つ。


「これから初夜を迎えるのよね…」


無駄に年齢は重ねている上、周りの友人達は既婚者揃いだった。その為、お茶会でも夜の営みに関する話題は出ていたのだ。というわけで処女ではあるがそれなりに知識は持っている方。

失礼がないように滞りなく終わらせられるはず。


「エディはいつ来るのかしら」


女性である私の方が待たされるのかという気持ちになる。ただ寝床で夫が来るのを待つ事も妻の大切な役割だと教わった。


「それでも暇なのよね」


視界に映ったのはベッド脇に設置されているチェストの上に置かれたフルーツの盛り合わせだった。

祝賀会の最中、碌に食事が出来ていなかったせいか途端にお腹が空いてくる。


「ちょっとくらい食べても良いかしら」


初夜前に緊張のないと言われるだろうが途中でお腹が鳴る方が興醒めというものだ。それにせっかく用意してもらった物を食べない方が失礼だと自分に言い聞かせて、マスカットを一粒口に頬張る。


「んーっ!美味しい!」


公爵家でも良い物は食べていたつもりだが、大帝国の王族向けに用意された物は格別だ。

あまりの美味しさにどんどん口に含んでいく。

今からエディングと初夜を迎えるという事をすっかり忘れた私は一頻りフルーツ盛り合わせを楽しんだ後、布団の中に潜り込む。


「いい夢が見れそうだわ」


おやすみなさいと呟き、目を瞑った。



うん?なんか触られてる?

不思議な感覚にゆっくりと目を開くとすぐ側にはエディングの綺麗な顔があった。思わず叫びそうになったのは彼が私にのし掛かっていたからだ。


「レイ、私を待たずに勝手に眠るとは随分と酷い事をしてくれたな?」

「あー…」


本来なら旦那になったエディングを待つべきだった。しかしフルーツによってお腹が満たされた事ですっかり忘れていたのだ。

謝ろうと起き上がるとぱさりとガウンが落ちて、中の透け透けネグリジェが姿を現す。

え、な、なんで…。

寝相は良い方だ。寝ている間に服が肌蹴た事はない。

それなのにガウンの腰紐が解かれていた。

それすなわち人為的に脱がされたという事で、それが可能なのは。


「え、エディがやったのですか?」


尋ねるとエディングは無言でにっこりと微笑んだ。

それは肯定と捉えて良いのだろうと思っていたら彼の緩みきった口が開いた。


「どうせ脱ぐのだから問題ないだろう?」


そうですけど、許可くらい取ってください!

叫びたくなった。しかしエディングを待たずに眠りこけていた自分に文句を言う権利はない。


「ちょっと順番が狂ったが私達の初夜を始めよう」


にやりと笑うエディングは群青の瞳を獣の如くギラつかせてベッドに押し倒してくる。

待って、待って。心の準備が出来ていないのだけど。

寝ていたのが悪いのは分かっている。しかし起きて早々に営みを開始するというのは無茶振りも良いところだ。


「え…んっ…んんっ!」


いきなりキスとかやめて、苦しいから!

どうにかしてキスから逃れようとジタバタする私の四肢をエディングは自分の身体を使って器用に押さえつけてくる。

息が苦しくなり、何度も首を横に振った。

ようやく離れてくれた頃、私達の間には透明な糸が出来上がり、そしてぷつんと途切れていく。


「お、お願いだから待って!ちょっと話をさせて!」


つい敬語を崩してしまった。

九に私が敬語を使わなかったからなのか、それともやめてほしい気持ちが伝わったのかぴたりと動きを止めるエディングに安堵の息を漏らす。


「やめろとは酷いな。これでも一日我慢していたのだぞ」

「え…」

「昨日会った時からレイを抱きたいと思っていた。丸一日以上我慢させておいてお預けか?」


会った時からそんな事を考えていたの、この人は。

もしかして欲求不満なの?

禁欲生活でも送っていたのかと引いている私を冷たく睨むエディング。


「言っておくが欲求不満じゃないからな」

「そ、そうですか…」

「好きな女を抱きたいと思うのは普通の事だろう」


男性の考え方は知りませんよ。

好きな人が出来た事がないのでそういう行為をしたい気持ちも理解出来ませんし。


「私の気持ちは伝わっただろう。じゃあ、再開…」

「ちょっと待ってください!お、お話!少しだけお話しませんか?」


寝間着を脱がそうとする手を握り締めて、ぎこちない笑顔で提案する。

心の準備をする時間が欲しい。


「話?」

「は、はい…。エディは私を好きだと言ってくれますが…その、いつ好きになったのでしょうか?」


私の問いかけにエディングは眉を顰めた。

話題を間違えたのかしら。

もしかしたら好きだと言ったのは私を気遣う為の嘘だったりするのかしら。


「聞きたいのか?」

「聞かせていただけるなら、是非」


私の答えを聞いたエディングは少しだけ考える素振りを見せた。そして晴れやかに笑う。


「教えてやらない」

「は?」

「レイが私を好きになってくれた時に話そう」


どうしてよ。

そう叫ぼうとする私の口を塞ぎ、声を発せさせない。

息すら奪うそれは意地悪で狡いものだ。

気持ちが良いそれに思考が溶かされていく。


「始めるぞ」


有無を言わせない言葉に私は頷く他なかった。

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