第15話 城下町 - 4 -


「そうか、報告助かった。フェルデナント」


 フェルデナントは、シトの盗んだパン代を払うと城に向かいフェリックスにことのあらましを報告した。同席したカイが、城の国務官を集め問題を議論しますと言い、フェリックスの執務室を出ていった。


「先の戦争が残したものは、死者や負傷者だけではない。難民はむしろ戦争によって俺たちに新たな難問を突きつけているように感じる」

「そうですね、フェリックス国王」

「……なんだ。今日は突っかからないな」

「……シトにとっての平和とは何だろうと考えると、難問以外のなにものでもないよ」


 フェルデナントは、フェリックスに対して敬語を使ったり、崩したりして会話をする。公務の時は当然、敬語を使うが、個人的な話やあるいは場の雰囲気であえて使い分けている。

 国務や外交はカイに任せれば万事上手くいく。フェルデナントは自衛の力と幼い国王の拠り所としてあるために、距離を大切に保っていこうと心掛けていた。しかし2人の関係は、肉親のいないフェルデナント自身にとってもかけがえのないものだと彼も気付いていた。


「カイから……、この後の動きについて報告を受けた」

「今朝、解散してからカイが元老院を集めていましたね」

「あぁ、サラが提案したツァウバー国王との直接対決について、そしてサラの処置についても」

「サラは対決するとは提案していませんが……結論は?」

 フェリックスが明らかに私怨を込めて、対決という言葉を使ったことに対しフェルデナントは柔らかく制した。


「ツァウバーに向かう。そしてサラを今夜救世主にする」


 フェリックスは揺るがない決意を声色に乗せた。荒げることなく、音量こそ大きくないものの澄んだ透る声で言った。あるいは、カヴァリヤの血が無意識に詠ませたかもしれなかった。フェルデナントはカヴァリヤ国としての意向を理解したと同時に、フェリックスと同じ決意が胸を温めた。


「わかりました。では、私からサラに事情を説明します」

 そう言って、フェルデナントはフェリックスの足元で片膝をつき敬意を示した。頼むとフェリックスが答えると、フェルデナントは立ち上がり優しく笑顔を作ると、今度は親近者の顔をして「大丈夫」と何でもないことのように言った。


「……フェルド、お前の歌はたまに怖い」

「? どういう意味ですか? 歌なんて詠んでないですよ?」

 フェルデナントは表情ひとつ変えずに答えた。

「……いろんなところで、いろんな相手に詠んでいるだろう。『大丈夫』って」

 フェリックスは、優しく真剣な目をしてゆっくり誠実な声色でフェルデナントを真似た。

「あなた相手には詠みませんよ」

 合点したフェルデナントは、そう言って可笑そうに笑った。戦場で士気の落ちた兵士にも言うし、一夜限りの相手にも言う。フェルデナントは、フェリックスが後者を意図して言ったのだろうと想像して、まるでヤキモチを焼いているようだと面白くなったが、そう言えば怒るのは分かっていたので黙っていた。


「シアラには言うのか?」

「シアラ? なぜ?」

「自分から場内や城下町の案内を買って出るなんて、珍しい」

「そうですか? 新任のメイドたちを訓練場や兵舎に案内したりしてますよ」

「あれは、メイド達にお前が良いとせびられていたからだろう」

「そうでしたっけ」


 フェルデナントは、悪びれない笑顔でそう言った。誤魔化されることに慣れていたフェリックスはこれ以上は追求をしなかったが、女に手が早いのは自分ではなくフェルデナントの方だと内心思っていた。

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