第9話 カヴァリヤ城 - 2 -

「ダイエット、しておけばよかった」


 長い裾はワンピースではなく、フォーマルなイブニングドレスだった。

 シルエットはラインを強調し、黒をベースに濃紺のレースが縁取りセクシーすぎる衣装だが、所詮は女子高生。余裕のある胸元と履き慣れないハイヒールのせいで背伸びしたお子様のような仕上がりになった。


 19時まで時間があった。


 ドアを開けると左右に伸びた廊下は静まり返っている。迷子になるかもしれないと思いながらも、好奇心には勝てなかった。


 部屋数は思ったより少なく、延々と続くかのような壁は石造で、絵画や花瓶が並んでいる。貴族趣味の部屋の内装とは正反対で、実利目的の城をどうにか飾っているといった様子だ。

 勝手に部屋に入るわけにもいかず、探検と称した散歩にも飽きてきた。


「どっから入ってきたの?」


 背後からいきなり声をかけられ、自分が身元不明の不審者であることに心当たりのあるサラは心臓が飛び跳ねた。


 振り返った先には、金髪の美しい青年が立っていた。

 壁に寄りかかっていた体を起こしゆっくりと向かってきた。白いさらりとしたシャツとスラックスという簡素な服にも関わらず、近寄り難い雰囲気を醸し出すのはその金髪のせいだけではない。甘いマスクに笑みを浮かべ、青い瞳は強く射るようにサラを見つめている。生まれながらに映画のワンシーンを作り出すことができる人間だ。


「あー、君がフェルドが連れてきた……」

 救世主様?と長身をかがめてサラの顔を覗き込む。間近にある顔にサラは見惚れて瞬きもせずにいた。

 

 遠くからよく通る声がフェリックス様! と叫んだ瞬間、絶世の美形は首根っこを引っ張り上げられていた。


「何すんだカイ! 離せ!」

「フェリックス様! お着替えも済んでおられないのに、どこに行かれたかと思えば……救世主様にご無礼を働いて、何事ですか」

 もう少し自覚を……と、慣れた口調でお説教が始まった。


 薄暗い廊下では輝いてさえ見える髪は、灰色に近い。カイと呼ばれた男は金髪の青年よりさらに背が高く、綺麗に背筋を伸ばし、まだくどくどと続けている。


「これまで何のために勉強をしてきたと思っているのですか。この方は……」

「はいはい、予言書の救世主様でしょ?」

 首のあたりを直しながら、フェリックスはサラに向き直った。


「俺を助けてくれるんだよね」

 サラの手を取り、口付けた。


「よろしくね、救世主様」


 フェリックスはそう言って、カイが何か声を発する前に翻り颯爽と歩き去ってしまった。


 盛大なため息を吐きながら、こめかみを抑えるカイの姿はまるで学校の先生のようだ。


「救世主様、我が主がご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 完璧な角度でカイはサラに頭を下げた。

 声色は落ち着き、お説教の時より遥かに紳士的に感じる。年齢不詳。若くも見えるし、先ほどのため息からは長年の経験も感じる。色素の薄い髪は短く綺麗に整えられていて、耳のところでさらさらと流れている。


「いえ、あの、勝手に出歩いてごめんなさい」

「城内を案内します。そのまま広間へ行きましょう。私は王の教育係でカイとお呼びください」

「私はサラと言います。さっき主って……」

「はい、先ほどの落ち着きのないのが我がカヴァリヤ国の王位に着くフェリックス国王です。教育係の私が不甲斐ないばかりに……」

「王って、若っ!」

 王子と言われれば納得の美貌だが王様には若すぎる。それにたとえ50年後でも、サラがイメージする白髭を蓄えたお腹の突き出た王様に彼がなれるとは思えなかった。


「えぇ、幼少の頃にご両親を亡くされて15歳で即位され3年が経ちます」

「そう……なんですか」

 幼くして両親を亡くしたフェリックスを取り巻く環境は、きっと子供らしく悲しみに暮れて泣く毎日を過ごすことを許さなかっただろう。


「少なくとも、年齢に見合った振る舞いくらいはして欲しいものですがね」

 カイはそう付け加えた。 


 進むにつれ、歩けば響く大理石の床と大きな窓が並ぶ廊下が城の雰囲気を変えていった。


「このカヴァリヤ城は、城塞として作られました。そのため今でも城の奥は堅固な造りを保っています。しかし近世以降は他国から客人を招く機会も増えたため、城門近くは改装を重ねていったと聞いています」

 使用人たちは、皆こちら側で働きたいというので困っていますが、と続ける。


 フェリックスに比べ華やかさにかけるが、端正なカイの顔はきっちりと着込んだ白いシャツと相待って凛とした印象を与える。一方で先ほどのお説教や饒舌な話ぶりから、距離を感じさせはしない懐の深さが伺えた。大人の応対だろうか、サラにはなんであれ、喋りながらチラリと目を見てくれることが嬉しかった。きっとこの人の気遣いは優しさから来るのだろう。

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