第5話 三国同盟 - 2 -


「お父様……?」


 フェリックスは、当時のカイと同じくらいだろうか。おずおずとやってきた息子にカイを重ねる。


「フェリックス、近くに来なさい」


 大きくなった。母親を早くに亡くしてから、使用人の娘たちや兵士の家族たちに可愛がってもらっているが、彼なりに気を遣っているように思う。

 元来愛嬌が良い性格なのか、誰とでも分け隔てなく話し仲良くやってくれるのは、男の片親としては助かるが、母親という唯一無二の甘えられる女性がいない事をどれだけ慮ってやれているのか。


「お父様、戦争というのはなんでしょうか」


 子供ながらに何か不穏な空気を察したのだろう。兵士たちが話していました、と言い訳でもするかのように付け加えた。


「国同士の喧嘩だよ。お前が心配することではない」

「戦争になったら、フェルドもお仕事に行くのでしょうか。僕もお手伝いしたいです」


 兵舎で生活する兵士たち、中でもフェルデナントをフェリックスは兄のように慕っている。彼にも親がないが、弱さを見せることなく年長の兵士たちと共に訓練をしているところに憧れを抱いているのだろう。


「フェルデナントの腕は確かだが、たとえ戦争になったとしても彼は仕事はしないよ。まだ子供だ」

 フェリックスの顔に安堵の表情が浮かぶのを見る。


「フェリックス」

「はい、お父様」


「歌詠の勉強を怠るのではないぞ。言葉は皆が”使える”が、カヴァリヤの民は特にその効力を発揮する力を持っている。お前は、その力を正しく使うよう皆の手本になるのだ」


「はい……でも、カイはもう僕に教えることはないと言ってました。それに、いつも説明しながら僕に分からない小さな声で一人でおしゃべりを始めてしまうのです。だからカイとは武道のお稽古をする時の方が楽しいです。カイはとても力持ちなんですよ!」


「はは、そうか。そうだな、カイはおしゃべりをしながら考え事をしてしまうんだろう。しかし……カイは全てをお前に教えたと言っても、勉強が終わりだとは言ってなかろう」

「……はい。毎日たくさんの言葉を覚えて、いろんな人といろんな話をして勉強を続けなさいと言っていました」


 カイはカヴァリヤ民ほど歌詠の能力があるわけではないが、彼ほど歌詠の本質を理解している人はいないのではないか、と思う事がある。


「そうだ、フェリックス。毎日多くの人と話し言葉を知ることが勉強だ。……さて、今日は私がお前に言葉を詠もう」


 空色の、太陽の光がたくさん降り注ぐ日のような薄い青色の瞳がじっと見つめる。

 右手をフェリックスの横顔に添え、目を閉じる。

 

 フェリックス、我が息子が強く立派に成長し、今もこれからも永遠に幸せであるように。

 彼と彼を取り巻く全てが温かくあるように。

 ———どうか健やかに……

 

 もう一度、その安心と好奇とこの世界の全ての幸せが映っているかのような青を見つめる。

「……フィル・グリューク」

 

 手のひらから、白い光が温かく発せられ消えていく。


 ……この言葉はいつも己の修練不足を悔やませる。

 我が子を想う全てを詠むことができる親がいるだろうか。

 

 不足は私自身が補おう。


「フェリックス、私はこれから暫く城を離れる」

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