第5話 漆黒の髪色 - 2 -

———漆黒の髪


 異国人の証とも言える黒髪の子供は、希に生まれることがある。ある地域の特殊な障気を浴びすぎると発症するそうだ。そのためか、寿命が極端に短く人目に触れることが極めて少ない。

 つまり、救世主や私のような黒髪の人間が成長し、ましてや成人するなんてことは奇跡に近い。だから救世主ではない私の存在は童話や空想で語られるもので、兵士たちがフードから覗いた私の髪の色を見て驚いたのも無理はない。


「18時になったら、使用人に救世主様の様子を見に行かせます。具合が悪くないようであれば、王と食事の席について頂き、簡単に状況を説明するつもりです」

 カイは立ち上がり、机の上の本を本棚に戻した。

「あなたは同席しないの?」

「えぇ、代わりにフェルデナントに席についてもらいます。初対面の私よりは緊張もほぐれるでしょう」


 私のことは明日救世主に紹介するから、今日はお休みくださいとカイは言った。

 半ば追い出されるかたちでカイの部屋を後にした。


   *


「国の情勢が安定している今日、必ずしも救世主を出現させる必要はありません」


 カイはそう言った。

 そのセリフを言うことは、私の存在を否定することと等しい。彼は私の全てを理解した上で、私の目の前でそれを言う。

「冷酷……」

 無機質な石の廊下を歩きながら呟いた。

 石の壁はひんやりと冷たい。立ち止まって壁に手を当てたままでいると、自分の体温が移って徐々に温かみを増し、硬度さえ変わったように感じる。

 

 国王の、国の意志だからと合理的判断のもと発言したことは理解できる。私自身、自分の存在意義に疑問をもったことがない訳ではない。だがだからと言って、はい分かりましたと簡単に納得できるほど気安い人生を歩んできてはいない。

 私だけでなく、私を生んだ母も、祖母も、予言書に関わる全ての人の努力が必要なかったと簡単に納得できる訳がない。だけどセリフを吐いたカイの真剣な眼差しは、申し訳ない表情をされるより何倍もそれが辛い選択だったこと訴えていた。

 城の奥を頑強に守るための石のように、カイも冷たく頑なにならなければいけなかったのだろうか。それなら、暖かく触れていればもしかして? 生ぬるい自分の考えに、ふっと噴き出してしまう。


 自分の部屋に戻り、荷物の中から茶色いウィッグを取り出した。あとは使用人に話をつけておかなければ。

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