第2話 歌詠 - 2 -

 フェルデナントはサラという名の救世主が目を覚ますまで、部隊の剣の稽古を見に行くというので付いて行くことにした。


 フェルデナントが率いる部隊は良く統率されていると思う。

 戦争で当時の主力騎士を失い、今の隊長クラスの年代に穴が空いた。そのためフェルデナントのような若い騎士が隊長を務めざるを得なかったが、彼は優秀な軍人だ。


 城を裏門から出ると兵士の宿舎がある。

 多くは城下町に所帯を持たない若者で、ここで寝食を共にしているそうだ。

 兵士たちの夕食の準備だろうか、女たちが外のテーブルを囲って、しゃべりながら芋の皮を剥いている。その傍らでは、怪我をした兵士に寄り添い何やら言葉を唱えている女性がいる。兵士の腕にはまだ血が止まっていないのだろう、赤い染みが痛々しい。


「あれは、治療をしているんだ」

 私が珍しそうに眺めていたのを見て、フェルデナントが説明をしてくれた。


「うん、聞いたことがある。カヴァリヤ国の人間は言霊を操るって」

「言霊……か、そんな大袈裟なものでもないよ。実際のところ直接的な治療はやはり薬に頼っている。あれは、怪我人の治癒力を高めるための言葉なんだ」

 包帯をした怪我人の腕に触れた手をそのままに、言葉を唱えていた女性は本人にも同じ言葉を唱えさせるよう教えているようだ。

 怪我をした男は言葉を続けようとしているが、至近距離の女性に緊張しているようにも見える。


「フェルデナントも言葉を知っているの?」

「あぁ、知っているよ。ただ、どうも治療系は弱いみたいだ」

「向き不向きがあるのかな」

「さぁ、どうだろう。どれだけ集中できるか、が重要だと聞いている。力のある歌詠うたよみは、いつ、どこでも、誰にでも言葉を浸透させられるそうだ」

「歌詠? 」


 バシッ、と先ほどの女性が包帯を叩く音だった。怪我人の男が全く集中していないことに怒ったらしい。フェルデナントの話を聞く限り、怪我人に集中させられるかどうかも、彼女の力量ということになる。


「あの2人は幼馴染なんだ。彼らが治療系の言葉を使ってうまくいった試しがない。歌詠というのは、言葉を使うことを生業としている人のことを言う。彼女の場合は、歌詠見習いというところだろう。もともと宗教儀式や宴で歌を歌って言葉を伝え、国民の共同体意識を高めたり、戦では士気を高める歌を死ぬまで歌い続けたらしい」


 2人のところに、芋を剥いていた女の1人が近づいていった。一言二言を男に耳打ちし包帯に手を添え何か唱えた。一瞬、包帯からさっと光が溢れたように見えた。怪我人の男はびっくりしたように包帯を解くと、ほとんど傷が塞がっていた。

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