第11話 カヴァリヤ城 - 4 -

 先ほど廊下で出会った人とは別人のようなフェリックスが、装飾の施された軍服に身を包み堂々たる様子で着席していた。


 案内された大広間はダンスホールのように広く、その広間に灯りをもたらすのは高い天井から吊るされいる大きなシャンデリアである。十分な明るさとはいえないが、それが逆に部屋の装飾の輝きを引き立てさせている。黒に近い赤の絨毯と鈍く光る金の猫足のチェアのコントラストは荘厳な印象を与え、足を踏み入れたものは自然と襟を正す。


 フェリックスが手で示す席に向かうと椅子が引かれた。


「ゆっくり休めましたか?」


 聞いたのは、向かいに座っていたフェルデナントだった。胸に勲章を並べ正装して、ゆっくり微笑んだ。


「はい、あの途中から寝ちゃってごめんなさい……」

 ドレスのお礼も言おうとしたところに、フェリックスが咳払いをする。

「さて救世主様、食事は好きに進めてくださいね。簡単に状況を説明するので、まぁ質問があったら後で聞いて……」

「ちょ、ちょっと待って! 何それ、その一方的な感じ!」

 フェリックスが左の眉をあげ、ワイングラスを傾ける。

「なんだ、何か意見でもあるのか? ここまで連れてこられて?」


 サラは確かにここまでなるがままにやってきた。いざ自分の意見を求められると、これまで自分が選択してきたはずの道に意思があったのか急に不安に感じる。


「陛下、サラ……様は状況を把握する前に我々が強引にお連れしたようなものです。落ち着いて考える暇もなかったと思います。話はゆっくり進めましょう」


 目が覚めたら見知らぬ土地で、救世主と呼ばれ、絵本の中のような城に連れてこられた。


 何が知りたい?


 何のために知りたい?


「私、私は家に戻れるの?」


 サラには分からないことばかりだった。

 救世主がなんなのか、自分が救世主なのか、そしてここがどこなのか。それはしかし、元の生活に戻ってしまえば、夢をリアルに語るための材料でしかない。


「……ふーん、なるほどね」

 フェリックスはグラスを置き、テーブルに肘をつきニヤリと笑う。


「民を統率する救世主様には相応しい思考だ」


「……え?」

 フェリックスの予想外の言葉に、サラは驚く。


「判断材料は多いに越したことはない。ただし先頭に立つものにとって、最も重要なことは“目的“だ。それを明確に周りに示すことがトップの役割だ」


 サラは選挙カーのやかましいアナウンスを思い出した。彼らは“目的“を語るが、当選するために“目的“を作っているのではないか、と選挙権の無い子供を無視して主婦やサラリーマンに愛想を振りまく姿を見て思ったものだ。


「状況判断や方策は専門家を話に加え、それを率いるのが……って何を笑っているんだ、フェルド!」

 サラがフェルデナントを見ると肩を揺らして笑いを堪えていた。


「すみません、フェリックス様からそのようなお言葉が聞けるとは思いもしませんでした。まるでカイの講釈を聞いているようだ」

「うるさいぞ! フェルド!」

「しかし陛下、救世主様の“目的“は我々の思うところと違うようですが?」

「あぁ……」

 フェリックスがまだ状況を理解できずポカンとしているサラを見る。


 フェルデナントがサラの後ろに立つ給仕に目配せをすると。すっ、と小さな籠がサラの目の前に差し出された。サラは反射的にゆっくりとかごに手を伸ばしパンを取った。


「家に戻れるかどうかは分からない」


 サラは拳大のまだ温かいパンを二つに割りながら、フェリックスの言葉を聞いた。かぶりつくとふわりと麦の香ばしい香りがして、サラは急に空腹を覚えた。


「私、帰れないかもしれない……?」


 パンを皿に置くと、かちゃりと皿がフォークとぶつかった。その音が妙に耳をつく。サラは自分の発した現実に何を感じれば良いのか悩んだ。自分が空っぽになった気分だった。沈黙を破ったのはフェリックスだった。


「正直、俺たちも救世主様が予言書通りに、今日、あの場所に実際に現れたということしか分からない。だから“救世主様“がいう“家“というのがどこにあるかも分からない」

「じゃあ、あなたたちのいう“救世主様“は“予言書“によると、ここに現れて何をするの? なんのために来たの? 私は」


 私じゃないかもしれないけど、という言葉をグラスの液体と一緒に飲み込んだ。


「……救世主は予言書によると、この世界を救い平和をもたらす、と」

 少々言いにくそうに、フェルデナントが答える。


「予言書には、救世主については異国から来る者とされているが、具体的に何をするかは言及されていない。最後は『平和をもたらすだろう』で締め括られている」

「でも王様、予言書の“救世主様“の置かれた状況と私の状況は、もし私が本当に救世主なら、きっと同じはずでしょ? 私にしか分からないことが書いてあるかもしれないし! 私、見たい! その予言書」

 フェリックスとフェルデナントは顔を見合わせた。


「随分と前向きな救世主様だな。てっきり帰れないと泣き出すかと思ったが」

「ご飯食べたら元気出てきた」

 そう言って、サラはもう一つパンを掴む。


「それに分からないだけで、できないって決まったわけじゃないんだから! 明日、予言書を見せて、フェルデナント!」

 フェルデナントがフェリックスを見やると、仕方ないなという表情でフェリックスが頷いた。


「はい、救世主様。明日、城の図書館に案内しましょう」


 フェルデナントが手で合図をすると、給仕がテーブルに次々と皿を運んできた。豪華に盛り付けられ食欲をそそる匂いに、サラは目を輝かせた。

 輝かせた目でフェリックスを見つめ、フェリックスはなかば呆れた顔で「どうぞ」と言う。


「おい、フェルド」

「はい?」

「なんだこの変わりようは。入ってきた時までの、ボケッとした従順そうなオヒメサマはどこいった」

「さぁ、腹が膨れて元気になっただけじゃないですか? それにしても、彼女、よく食べますね」

「……ところで、お前なんで救世主を名前で呼んでいた? 」

「彼女がそう呼べと仰ったので」

「……ふーん」

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