心の襞を引っ掻くような

 高校生の恋愛を題材とした作品というのは無数に存在します。感情のままに突っ走る場合も、思いを胸の内に秘めて醸成させる場合もありますが、たいがい「狂騒的」な印象を読み手に残します。高校生にとっての恋は青春を賭した無謀な戦いであり、だからこそ美しいのだ、とする感覚は、いつの時代も広く共感を集めるものだと思います。

『心の迷子』は、そうした感覚からあえて距離を置いています。情景描写も心理描写も物静かで、語り手の内面が激しく表出することはありません。迷いを迷いのまま繊細に掬い上げ、心の隅にそっと書きつけたような作品、ということになるでしょう。青春映画的なドラマ性を重視する物語とはまったく違った表現です。

 出来事がただ出来事として提示され、真相を知ることも答えを出すこともないまま、否応なく時間だけが流れる。「能動的に関わっていこうとしないからだ」と言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、実際のところ、僕たちはそういった経験を何らかの形で経ているのではないかと思います。主人公として物語を稼働させるには至らなかったけれど、そのときの色や風景や感情だけが幽かに残っていて、ふとしたときに思い出す。そんな物悲しく、胸苦しい感覚が、この作品には詰まっています。

 ドラマティックに装飾しうる題材にあえて抑制的な演出を施すことによって満ちる情感があるのだと、この作品は教えてくれます。最後までじっくりと読んでいただきたい一作です。