第6話『学園』なんだからねっ!

 フウの叫び声は魔王すらも呼び起こしてしまうかの様な咆哮と化していた。

 赤子なら驚きのあまり泣きわめき、老人なら腰を抜かして死んでしまう可能性すらある。

 そしてその咆哮は俺にとって死の宣告な訳で。

 「ねぇ、幹人。あたし、この場所の事教えたらどうなるか分かってる?って聞いたよね?」

 「はい!お聞きさせて頂きました!」

 「じゃあこの状況はどういう事?」

 外観からは想像もできないほどに綺麗にされた、まるで1人暮らしの女の子の部屋のようなその場所には、先生と影山が自分の部屋かのようにくつろいでいる。

 「いろいろ事情があるみたいなんだ。」

 「ふーん。何があるっていうの?聞いてあげるわ。」

 「事情の説明は任せてください!」

 意気揚々と俺たちの会話に割り込んできたのは、俺たちの口論の原因と言っても過言ではない先生だった。

 「ここにいる風上さんと、影山さんはⅮチームに降格という話は理解していますよね?」

 「ま、まあ・・・・。」

 「なら話は簡単です。つまりここが今日からⅮチームの部室になるという訳です。本来ならⅮチームに部室なんて大層なものは与えません。ですが、渡辺君の入学、そしてⅮチーム専属コーチの祝いを兼ねて仕方なく設置したんです。」

 ・・・・なるほど?俺はⅮチームの専属コーチになったのか。今初めて知ったんだが。

 この口ぶりから察するに、Ⅾチームとはおそらく最下層。

 でも、おかしいな。俺の記憶が正しければフウはそんな最下層でプレーするレベルの選手ではなかったはず・・・・。

 「おい、胸肉。お前は知っていたのか?」

 胸肉?一体誰のことだ?

 「誰が胸肉やねん!その呼び方やめてって何回言ったら分かるん!?ま、まぁ、うちらはここに着く直前に、ここが部室になるっていうのを聞いてたからねー。」

 どうやら影山の事だったようだ。

 胸肉とはひどいものだな。

 「ちょっと渡辺君!何笑ってんねん!」

 「す、すまない。」

 やべっ。思わず笑みがこぼれてしまった。

 「なるほど。理解できた。つまりこの部屋の使用許可をあたしに取りに来たという訳だな。」

 「「「はぁ?」」」

 この女何を理解できたというのだろうか。

 何1つ理解できていないじゃないか。

 そもそもこの建物は学園のものなのに、その言い草だとまるでフウの所有物みたいじゃないか。

 「あのね、風上さん。そういうことじゃなくて・・・・」

 「黙れ!」

 「ひゃい!」

 先生はフウの1言に一蹴された。

 「結論から言おう。許可は出さない!」

 ババン!!という効果音が聞こえそうなほどに堂々と理不尽を告げる。

 「あんた自分が何言ってるのか分かってるん?」

 「貴様の言っていることなど1度たりとも理解したことが無い。貴様は1度でも日本語を話したことがあるのか、胸肉。」

 「基本、日本語しか話さへんねやけど!そんなこといいねん。あんたが言ってるのはわがままってこと!そんなわがままが通用するわけないやん!」

 影山は至極真っ当な意見をフウに伝える。

 だが、俺は知っている。いや、もしかしたら中等部から一緒の影山も知っているかもしれない。

 フウは究極にエゴイスティックであるということを。

 「あたしには胸肉の言っている意味が分からない。これはわがままでも何でもない。胸肉は自分の住み着いている家を急に共用スペースにしろと言われて、はい分かりましたと答えるのか?」

 家って言っちゃったよこの人!

 やっぱりフウにとってこの場所はそういう認識になっているのか。

 「ま、まぁ確かにそれは・・・・ってここあんたの家じゃないやん!そもそも学園の物やし、もともと共用スペースやん。あんたが勝手に占領してるねんで!」

 「意味が分からない!出直してくるんだな!」

 正直、意味が分からないのはこちらなんだが。

 こうなったフウを説得するのは一筋縄ではいかない。

 影山も呆れて、ため息とともに何も言わなくなった。。

 万事休すか、俺たちの脳裏にそんな言葉が浮かんだ刹那、フウの威圧に一蹴されて完全に亡き者となっていた先生の口から儚い言葉が漏れる。

 「・・・・ここが使えないとなると、渡辺君には帰ってもらうしか・・・・。」

 その声はぼそぼそと小さく、俺には何か言ってるなとしか分からなかったが、その言葉に過敏に反応したものが1人いた。

 「おいっ!どういう事だ!」

 フウが先生に詰め寄る。

 その光景はまさにカツアゲ。それにしか見えない。

 「え、あ、う、あの、つまりですね、ここが使えないとなると話が変わってくると言いますか、今まで通りの何もないⅮチームに戻るわけで・・・・。何も変わらないとなるとⅮチーム専属コーチの話もなくなるわけでして。渡辺君にはお家に帰っていただくことになるかなと・・・・。」先生はビクビクしながらも、申し訳なさそうに告げる。

 ちょっと待て、そうなれば俺はどうなる。

 もしこのままお家に帰ることになったら、俺は中学浪人か社会人デビューの2択という究極の選択をしなければならないじゃないか!

 「先生!ちょっ・・・・」

 「ここの使用許可を出せば幹人は帰らなくて済むという訳だな。」

 「許可も何も・・・・まぁそういう事になりますね。」

 フウは部屋の中をウロウロと歩き回りながら考え込む。

 俺の言葉は遮られ、淡々と話が進んでいるが・・・・期待していいんだよな!

 俺、まだ働きたくないぞ!

 そんな俺のニート的考えから数分が経ち、フウの足が止まる。

 「この部屋はこのままでいいのか?」

 「ここまで綺麗だと元に戻せとは言えませんし。」

 「そ、そうか。ならもう1つ提案があるのだが。」

 「なんですか?もうこの際、この部屋を使わせてくれるのなら何でもいいですよ。」

 否定するのが怖いのか、呆れたのかは分からないが先生は折れてしまったようだ。

 「・・・・・そのだな、欲を言えばだな、2人・・・・がいいんだが。」

 「すいません。聞き取れませんでした。2人がどうしたんですか?」

 先生はフウの口元に耳を近づける。

 「・・・・だからだな、その幹人と2人・・・・」

 「えっ?すいません。もう少し大きい声でお願いします。」

 さらに口元に耳を近づける。

 だが、その行為を後の先生は大いに反省するだろう。

 出過ぎた真似であったと。

 「何度も言わせるなーーーーーーーーーーー!!」

 本日2度目の咆哮は1度目にも増して迫力満点で、耳がキーンとする。

 呆れてさっきからテレビを見ていた影山でさえ何事?っと言わんばかりにキョロキョロしていた。

 俺の距離ですらこの被害。

 こんなのをゼロ距離で聞いた暁には・・・・。

 「先生っ!大丈夫ですか?」

 先生は白目を剥いて気絶していた。

 130デシベル以上の音を聞けば人は気絶するらしいが、いったい何デシベルだったんだろうか・・・・。

 そ、そんなことより先生を何とかしなければ!






 「ん、んっー?あれ皆さん、なんかすごいくつろいでません?先生しっかり覚えてますよ。気絶したら都合よく大事なことを忘れる漫画のヒロインみたいな事にはなりませんよ。普通なら先生の事を取り囲んで、心配した眼差しとか向けているのではないのですか?」

 先生は目覚めて早々に、説教を始める。

 確かに先生の言っていることはある程度正しい。

 もちろん俺たちも先生を取り囲んで、心配そうな眼差しを向けていた。

 じゃあなんで今くつろいでるのかって?

 理由は明々白々である。

 俺たちは何度も先生の頬を叩き、肩を揺らし、何とかして気絶している状態から解放しようと動いた。

 だが、15分、20分と、どれだけ叩いても揺らしてもうんともすんとも言わない。

 もしかしたら死んでいるのではないか。

 俺たちの脳裏に1つの最悪の展開が浮かんだ。

 その瞬間、「グーーーー、ガーーーー。」という何とも緊張感のない音が聞こえた。

 そう、この女、気絶している間に居眠りをしていたのだ。

 なんとも心地のいい顔・・・・にはなっておらず、白目は続行中だったが。

 俺はその瞬間、良かったと安心した。

 だがそれと同時にモヤっと何か引っかかるようなそんな気分になる。

 それは俺たち3人に共通した気持ちだった。

 俺たちが本気で心配している間に居眠り。

 気絶した原因がこちら側(フウ)にあったとはいえ、何だか損した気分だ。

 仕返しせねば。

 そうして今に至る。

 つまり仕返しとは何事もなかったような素振り、という事だ。

 3人で話し合った結果、こういう結論が出た。

 話し合いはとても濃密なものになった。

 何てったって、起きるのに3時間も経っているからな。

 ただ、これは1つ目の仕返し、軽いジャブに過ぎない。

 「先生、おはようございます。良い夕方ですね。」

 この案の発案者である影山が、この部屋唯一の窓に映る薄暗がりの空を見ながら皮肉を言う。

 「な、何を言って・・・・えーーー!もうこんな時間!何で早く起こして・・・・いえ、何でもありません。」

 先生、ごまかしきれていませんよ。

 「そ、それで、あのー、この部屋の使用許可は出たんでしょうか?」

 先生はまるで何かを払拭するかのような、約70デシベルくらいの声量で本来の目的を遂行するための言葉を告げる。

 「仕方ない。許可は出してやろう。」

 「本当ですか!ありがとうございます!」とまるで赤子が新しいおもちゃを貰った時のように無邪気に喜びの声を上げていた。

 先生は気絶したことを忘れることは無かったが、この部屋がそもそも学園の物で、フウが無断使用していた事を忘れてしまっているようだ。

 やはり気絶すれば何らかの後遺症は残るものなんだな・・・・。

 「あのー皆さん?どうしてニコニコというかニマニマしているんですか?」

 俺たちの顔を見て先生が不思議そうに言う。

 どうやら、皆ポーカーフェイスは苦手なようだ。

 「いえっ、別に、ぷっ、クスクス。」

 「な、なんでもない、フフフ。」

 フウと影山に関してはもはや声すら出ている。

 「なんか、怪しいですねー。」

 「何でもないですよ。あっそういえばママが先生の事呼んでましたよ。」

 影山が先生を総帥室へ誘導するよう仕向ける。

 もちろん総帥は先生の事なんて呼んでいない。

 「そ、そういう事は早く言ってくださいよ!給料下がったら責任とれるんですか!」

 そんな捨て台詞を吐きながらも先生は部屋を出た。

 最後になったが、俺たちの2つ目の仕返し、締めの右アッパーをお知らせしましょう。

 この学園の禁句である、『学校』という単語。

 俺たちは寝ている先生のおでこに『学校』という文字を。

 そして頬に『大好き』という文字をペンで書いた。

 もちろん油性で。

 そんな状態で意地でも『学園』という単語にこだわる総帥の前に行けば・・・・。

 生きて帰ってこれるだろうか。

 


 

 

 

 

 

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