《8》泥棒猫



【これを言わせたかっただけで始めたストーリーです】



南家を出て帰り道を急ぐ道すがらにポケットの中にある鍵を握る。

いつもあの家に行くと甘い幸福感で満たされる錯覚に陥る。しかしそれは自分や今の周りの人間の想像できない犠牲の上に成り立っていることを忘れる理由にはならない。

そのおかげで自分の両親が離婚したのは事実だし、しかも実際自分の妹や彼女の妹にも大きな不自由を強いている。

「それなのに、さらに二人目なんてどうかしてるわね」

気づかぬ間に早足になっていた歩みを止めて前を見た。

「そんな顔して。そんなに私がここにいるのが不思議?」

呆然と立つ目の前にいたのは双子の姉、泉詩織だった。

「どうして……ここに?」

詩織は髪を掻きあげさらりという。

「澪ちゃんに聞いたのよ。あなたの妹の」

「いつ?」

「あなたが私たちの家に来て少しした後だったかしら」

「そんな……」

「仲良しなのよ。……もちろん向こうのあの子とも特にね」

「会ったの?」

「そうよ。あなたとあの女の可愛い坊やにも」

「どうして……?」

「どうして……?さあ、どうしてかしらね……?」

クスクスと笑いながらきびすを返す。

「帰りましょ?あなたと私たちの家へ。そうすればわかるかもしれないわね」

そして家に帰ったあと、真夜中の自分の部屋でそれが何故かとうとうわかった。

「どう?今の気持ちは?」

ベッドの上で彼にのしかかる詩織が言った。

「最悪だ」

顔を両腕で隠して彼は呟く。

「でもあなたの身体は素直ね」

そっと下の体を詩織はなぞる。

「私ね。ずっと考えてたの。男はいらないけど子どもは欲しいって考えてる女性は一杯いるのに、なんで子供が出来たら男を捨てる女はいないんだろうって」

彼は答えない。

「でも、君と会ったらすぐに分かった。当然よ。答えはあなただったんだから」

そして身の回りに脱ぎ散らかした服の中から携帯を取り出す。

「なにする気?」

彼の悲壮な問いに詩織は微笑んでコールをかける。

「はい」

出たのは彼の二人目の子を身籠っている南詩織だった。声が部屋中に響いている。

「もしもし、詩織ちゃん?私。もう一人の詩織」

「どうしたの?こんな時間に」

彼女は笑う。

「今ね。彼の上にいるの」

その一言で向こうの時間が凍りつくのがわかった。

「彼ね。ちゃんと抵抗してるのよ。あなたとあなたたちの子供の為に。でも私も退く気はないの。どこまでも追いかけて私の体を憶えてもらわ。だから……」

それが最後だった。

「あなたの彼、貰うわね?」

それに対する返答はただの一言だけ。

「この……泥棒猫……!」

そこで通話は切れた。無情に響く切続音の中で彼女だけが笑っている。

「誰かに同じことでも言われたことがあるのかしら?最後だけ声が裏返ってた」

言いながら使い捨てるように携帯をクッションに放った。

「じゃあ楽しみましょ。ちょうど隣の部屋には伊織もいるし。きっと耳をそばだてて隠れているわ」

そして彼の頬に髪がさわる。

「同じ詩織という名前のあの子と私で隅々まで体の違いを比べてね。そして思う存分に堪能しましょ」

彼女が布団とともに覆い被さる。

「ね……お父さん?」



―次回―


小鳥の鳴き出す早朝に彼と彼女はこれからを囁く。



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