第8話 大人

昼食の後、昨日高さを測った木の下に集まる4人。


「木の高さと真上の地面までの距離を調べたことをお父さんに話したら、ほめられたんだ」

カルラが嬉しそうに話す。

「わたしも」

エレナもよろこんでいる。

「ぼくも、すごいねって言われた」

ラグレンも自慢げに話す。みんなうれしそうだ。

「へー、みんなそうなんだね」

エルネクも昨日の夕食時に両親から褒められたことを思い出す。


「今日は何する?」

ラグレンが3人の方を見ながらいう。

「何しようか。また何か調べたいな」

エルネクがそういうと考え込む4人。


「あ、ルラサさんだ」

ラグレンが自転車に乗っている大人を指さす。

自転車に乗ってはいるが、何度も足をつくのでペダルをこぐよりも地面を足でけって進む方が多いくらいだ。


「あれは自転車の乗りかたじゃないよね」

エレナの指摘にみんなうなずく。

「森に向かってるのかな」

「あ、こっち見た」

「こんにちは」

4人はルラサさんにあいさつする。


「こんにちは」

ルラサさんも4人にあいさつすると、子供たちの方にやってくる。

「なにしてるの?」


「何して遊ぼうかって話してたんです」

カルラがこたえる。

「ルラサさんは森に行くんですか?」

エレナが質問する。

「うん。森の手前に咲いてる花を調べに行くんだよ」

そういうと自転車から降りる。


「花ってきれいですよね」

カルラがいう。

「そうだね。花という植物はとてもきれい。色もそうだけど形が美しいね」

ルラサさんの耳が震える。とても楽しそうだ。

「それに花はいいにおいがするよ」

ラグレンが公園に咲いている花を指さしながらいう。

「そうだよね」

エレナも同意する。


「そうなんだ。それは興味深いね」

考え込むようなしぐさをするラルサさん。耳がちょっと前の方向を向く。大人は考え込んでいる時に耳が前の方を向く。


「花が咲いてるところには蝶々もいるよ」

ラグレンが両手をひらひらと動かす。


「蝶々は羽の模様もきれいだし、飛んでる姿も美しいね」

ルラサさんは蝶々も花のようにきれいだと思っているようだ。


「アグナスさんは蝶々も捕まえて調べるのかな」

ラグレンがたずねる。

「今度アグナスさんと一緒に花と蝶々とかの昆虫との関係を調べる予定なんだ。彼によると、蝶々がいっぱいいたほうが花が種をつけるにはいいそうだよ」

「へー」

感心する4人。


「それじゃあ、そろそろ行くね」

「はーい」

「またね」

自転車を起こしてまたがると、足で地面を蹴りながら進んでいく。手を振って見送る4人。

「昆虫と花ってどんな関係なんだろう」

「そういえば花が咲いてるところには虫も多いよね」


「あ、タルカさんだ」

カルラが指さす方向を見ると、ひとりの大人が自転車に乗って走っているのが見える。


「進む方向を変えても足をつかないね」

エレナが指摘する。

「うん。アグナスさんは向きを変えるところでよく転んでるのに」

エルネクも自転車で走るタルカさんを見ながらいう。

「自転車にちゃんと乗れる大人はタルカさんだけだよね」

「そうだね」

ルラサさんやアグナスさんが自転車に乗る時はペダルをこぐよりも地面を足でけって進む方が多い。ペダルを使うとちゃんと進めなくてこけそうになる。4人の両親も自転車に乗れない。大人は自転車に乗れないものと思っているが、タルカさんだけは例外でちゃんと自転車に乗れる。


「タルカさんって何を研究している人なのかな」

自転車に乗っているタルカさんを見ながらカルラがいう。

「あれ、こっちに来るみたいだ」

自転車に乗ったタルカさんが公園に向かう小道に入ってくるのが見える。


「今まで話したことある? 私はあいさつしたことがあるだけ」

カルラがみんなに尋ねる。


「あいさつしたことはあるけど」

エレナがこたえる。

「ぼくもあいさつだけだ」

ラグレンも話したことはないようだ。

「ぼくも話したことないな」

エルネクもこたえる。

結局誰もタルカさんと話したことがない。


「やさしそうな人だよね」

カルラがそういうと、みんなうなずく。


公園の手前で停車し自転車から降りると、自転車を芝の上にそっと倒す。

「みなさん。こんにちは」

にこやかに子供たちにあいさつする。

「こんにちは」

4人もそろってあいさつする。なんの用なんだろうとみんなちょっと期待のまなざしを向ける。


「木の高さやここの直径を知らべたというのを聞いて、ちょっとみんなと話をしたいと思って」

4人は顔を見合わせる。

「誰から聞いたんですか?」

エレナが尋ねる。

「アグナスさんから聞きました。君たちのことをすごくほめてましたよ」


「タルカさんも虫とか魚を研究しているんですか?」

エルネクがたずねる。

「アグナスさんやルラサさんは生物を研究してますね」

「せいぶつ?」

エレナが聞きなれない言葉をくりかえす。


「生物というのは、昆虫や魚、鳥、それから草や木のような植物も含め、生きているもの全般を表すことばです」

そういうと近くの木や地面の草を指さす。4人もあたりを見回す。

あたりを見回していた子供たちの注目が再度タルカさんに集まる。


「私は、文化を研究しています」

初めて聞く言葉に顔を見合わせる4人。


「ぶんか?」

カルラが聞いた言葉を繰り返す。

「はい」

「”ぶんか”って何ですか?」

エレナが質問する。


「そうですね」

ちょっと考え込むタルカさん。

「文化というのは、人がつくりだしたもの、例えばこの街とか家のようなものやその使い方、君たちがどう遊んでるかとか、どういう考え方をするのかとか、人が関わるいろいろなことですね」

「ふーん」

動物や植物じゃなくて人を調べてるということなのかな。エルネクはちょっと考え込む。家とか街って人が作ったんだ。


「あなたたちのお母さん、お父さんも文化を研究しているんですよ」

「へー」

「そうなんだ」

「知らなかった」

みんな驚く。

「いつ研究してるんだろう」

「毎日出かけてるけど、外で調べてるのかな」


4人があれこれ話していると、タルカさんは公園の小道に沿って設置されているベンチに腰かける。足は地面に届かない。正確にはつま先が地面にちょっと触れている。子供たちの足はつかないが、大人も足がつかないんだな。家ではお父さんやお母さんは足が届く高さの椅子を使ってるのに、公園のベンチはなぜこの高さなんだろう。子供は膝から上と下の長さはだいたい同じだが、大人は膝から下の方がちょっと短い。エルネクはちょっと不思議に思う。もう少し低くすればちょうどいいのに、なぜこんな高さにしているんだろう。


「木や真上の地面までの高さの測りかたをよく思いつきましたね」

タルカさんが子供たちひとりひとりを見ながらいう。


「最初に思い付いたのはエレナだったよね」

カルラがエレナの方を見ながらいう。

「そう。エレナが三角定規の話をしたから、僕も分度器を使って角度を測るんだって気づいた」

エルネクも高さを測った日のことを思い出す。

「うん。三角定規の一辺の長さの決め方で測れるって思ったんだ」

エレナが説明する。


「三角定規や分度器の使い方はご両親から教わったんですよね」

タルカさんが質問する。

「円周率もだよ」

ラグレンが付け加える。

「毎日午前中にいろいろ教えてもらってる」

「土曜と日曜は朝から遊んでいいんだよ」

「今日の午前中は、お父さんに教えてもらった」

「今は分数を習ってるよね」

「分数は、割り算を掛け算で解くのが不思議」

「それ理由を教えてもらったよ」

4人が次々に説明するのを笑顔で聞くタルカさん。


子供たちの説明が一段落ついたところでタルカさんが4人にたずねる。

「どうして木の高さやここの直径を測ろうと思ったのですか?」


「どのくらいの高さか調べたかったから」

ラグレンが即座にこたえる。

「その理由を聞かれてるんだよ」

エルネクが指摘する。


「うーん、どうしてかって聞かれるとわからない」

ラグレンは腕を組んで考え込む。


「確か最初身長の話をしたよね」

カルラが思い出しながらいう。


「それから木の高さとか上の地面までの高さはどのくらいだろうって話になったんだよ」

エレナも高さを測った日のことを思い出す。

「そうだね。背の高さからだったね」

エルネクも思い出す。


「なるほど。高さつながりで身長、木、直径を調べたんですね。好奇心旺盛ですね」

うなずきながらタルカさんがいう。


「こうきしん?」

ラグレンが聞こえたことばを繰り返す。

「"こうきしん"って何ですか?」

エレナが質問する。


「好奇心というのは、そうですね」

そういうとちょっと考え込むタルカさん。

「好奇心というのは、知らないことを調べようとする、知的活動の根源的な感情のことです」

聞きなれない言葉の連続にどう反応していいかわからない4人。


「ちょっと難しい説明でしたね。好奇心というのは、いろいろなことに興味をもったり、調べてみようっていう気持ちのことですよ」


わかったようなわからないような表情をしている子供たちを見て、タルカさんは話題を変える。

「遊ぶときはどんなことをしてるんですか?」


遊びのことを聞かれて4人の表情は明るくなる。

「ボールとか自転車使ったり、走って競争したり鬼ごっこしたり」

すぐさまラグレンがいつも遊んでることを紹介する。

「わたしは自転車に乗るのが好き」

カルラが自転車のハンドルを掴むようなしぐさでいう。

「わたしも自転車は好き」

エレナも同じしぐさで同意する。

「ぼくは走るのが4人の中で一番速いよ」

ラグレンが得意げにいう。

「えー、僕が勝ったこともあるよ」

エルネクが慌てて付け加える。


「4人でいろいろ楽しんでるんですね」

タルカさんもにこやかだ。


「他の大人は乗れないのに、タルカさんは自転車に乗れるのはなぜですか?」

エレナが質問する。

4人はタルカさんがどう答えてくれるのか、期待しながら見つめる。


「練習しましたから」

あたりまえの内容にちょっと驚く子供たち。


「ここには長くいますし。最初は私もよく転びましたよ」

そういうと体を傾けて転ぶようなしぐさをする。

「他の大人たちは、ここで自転車に乗ることをあきらめている人が多いですね」


「アグナスさんやルラサさん自転車に乗ろうとしてる」

エルネクがいう。よく転んでることはあえていわない。


「彼らも練習すれば乗れるようになりますよ」

大人が自転車に乗れないのは練習が足りないからなのか。子供のころに乗ってなかったのかな。エルネクはちょっと不思議な感じがした。


「みんなで集まって勉強したりはしないんですか?」

タルカさんが4人に質問する。


顔を見合わせる4人。

「集まって?」

「集まって教えてもらったことはないよ」

「うん。一緒に勉強ってしたことない」

「勉強は家でお母さんかお父さんに教えてもらってる」

「集まるのは遊ぶときだけ」

4人はそれぞれこたえる。


「いっしょに勉強したら楽しいと思いませんか?」

興味深そうに子供たちをひとりひとり見るタルカさん。


「楽しい?」

「遊びじゃないのに?」

「勉強も楽しいときはあるけど、遊ぶのとは違う気がする」

「うん。違う楽しさだよね」

「ぼくは勉強より遊ぶ方が楽しいよ」


「そうですか。みんなで集まって勉強するのも楽しいかもしれませんよ」

考えたこともなかった話にちょっと戸惑う4人。

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