御所での戦闘

 御所の前には既に人だかりができていた。騒ぎを聞きつけてやって来た町人や役人たちである。彼らは一様に御所を囲む高い塀の中を探っているようだったが、警備員によって門はしっかりと閉ざされていた。

 ウェーブは塀をぐるりと回って側面に到達した。周囲に野次馬がいないことを確認して懐から杖を取りだす。【探索魔法サーチ】の発現――御所内には強力な魔力を持つ存在が多数確認されたが、その中央にはとびきり強い魔力を持つ者が存在した。

 数歩下がって塀を見上げた。魔法で空中に足場を作れば飛び越えることが可能な高さである。ただし自重を支えるほど強力な魔法を短時間で発動するのは、塀を登りきるまでが限界である。本来ならば登ったところで塀の内部に降りることができないのであるが、ウェーブにはそれは問題ではなかった。

 “再来する悪魔ディアブル・レブナント”――たとえ着地の衝撃で足の骨を折ろうとも、その傷は瞬時に回復してしまう。この程度の塀や警備を突破するのは既に何度も経験したことである。

 助走をつけ、跳躍――魔法の発現。【風】【浮遊】【圧力】。全て自重を押し上げるために。

 空中で再度跳躍した。塀を飛び越え、御所内の空中に身を投げ出す――着地。両足の骨が折れる。肉が裂け、折れた骨が飛び出す。前回りに受け身をとって衝撃を逃がす。両足は既に復元されていた。木の陰に転がり込んで身を隠す。


「【探索サーチ】」


 杖を振るう。杖を中心に小さな魔法陣が発現する。周囲の魔力反応を点として映し出す。御所の中央にあった最も強力な魔力反応が、さらに強力なものへと――戦闘中。

 その直後、御所の中央付近で爆発があった。空中に三匹の水の龍が顕現する――レイの得意魔法。

 “大賢人”――“星砕きの魔女”。

 たった一人で一国の軍隊に匹敵するとさえ言われていた。その実力の一部分が宙を舞い、数体の殺人人形を貪り食らっている。強塩酸でできた巨大な水龍はさながら食らった獲物を消化するように、体内の人形たちをあっという間に溶かしつくしてしまった。


「師匠!」


 御所中心部分――駆け付けるウェーブ。

 そんな彼の心配そうな表情をよそに、レイは呆れた顔でウェーブを見た。


「何を油を売りに来たのですか。君に出した指示は捕らえた殺人人形の所見を聞くことですよ」

「それが心配して駆け付けた弟子に言うことですか……そんなことより、殺人人形を作ったのはだったんです。僕たちは利用されたんですよ!」

「知っていましたよ、そんなこと」

「知っていた? だったらどうして」


 罠に自ら飛び込むようなことを。

 直接問いかけるより早くレイが答える。


「交流の少ない孤立した国へ赴くということは、全てが罠だと思わなければなりません」

「罠だと分かって飛び込んだんですか。なぜ?」

「元々この国の魔法体系や魔道具技術に興味があったというのもありますが、の方から依頼があったというのが正直な理由ですね。我々には愛国心や従軍意思というものは存在しませんが、他国が冷酷無慈悲な殺人人形を開発しているとなれば話は別です。この国に入り、サムライを次々に殺して回る者が現れたという話を聞いた時にピンときました」


 御所の中心は完全にレイの独壇場と化していた。権力者、警備の人間、全員がレイの言葉に耳を傾けている。しかしその中で唯一彼女に抗おうとする者が一人。


「それで、我が国の誇る最新兵器はどうでしたかな」


 若い男。声や話し方から恐ろしく冷たい印象を受ける。まるで幾たびの戦場や修羅場を超えてきたかのような。男は少し奥まった部屋に座していた。入口は暖簾で隠されているため、中の様子や男そのものを窺い見ることはできない。


「正直呆れました。まさかこの程度だったとは」

「何ですと?」

「彼を見てください」


 唐突に指さされ、ウェーブは驚いた。


「彼は我が国が開発した最新鋭の殺人兵器です。潜入・誘拐・拷問・殺人――四つの分野で世界最高を目指した結果ですが、特筆すべき点はあなた方も既に知るように、彼はという性質を持っています。あなた方がどれだけ高い技術で殺人人形を量産しようとも、不死身の生物兵器である彼の足元にも及ばないでしょう。先ほど私がこの国に来たのは内偵調査が目的だと言いましたが、正確には違います。田舎の小国に我が国の兵器開発との差を見せつけるために、私はここへ来たのですよ」


 師匠の勝ち誇った表情――演技。

 長年付き添ってきたウェーブには分かる。一国を簡単に滅ぼしてしまえるほどの戦力を持つ魔女は、戦いというものに全く興味を持っていない。戦いが何も生まないことを理解している。だから彼女は軍人でも侵略者でもなく、魔法事件の捜査官や研究者をやっているのだ。

 暖簾の向こうで男が唸った。おそらく彼の手駒には、レイに匹敵する存在はいないのだろうということがウェーブにも理解できた。そもそもレイに太刀打ちできる人間など、世界中を探しても数える程度にしか存在していないのだ。故に――“七大賢人”。


「ただし私の方にも考えがあります。自国の防衛のために強力な兵器を造るというのはありふれた話ですが、今回はそれを見逃そうではありませんか。その代わり、会わせてもらいたい人物がいます」

「誰だ」


 レイが今度指さしたのは横たわる殺人人形の破片であった。破損した部分からは大量の魔法言語が見受けられる。レイの発言はブラフそのものであるが、殺人人形を作った技術は見事と言わざるを得ない。


「この人形たちの製作者です。我々が追っている別の事件の重要な参考人です。会わせていただけませんか?」


 技術者には特有のネットワークが存在する。あれだけ緻密な殺人人形を製作できた技術者陣ならば、今起こっている連続殺人事件に用いられた魔法の解析、あるいはその魔法を創り出した人間に心当たりがあるかもしれない。

 男は暖簾の向こうで唸っている。

 推測――男は権力者ではない。おそらく権力者の影武者か代行者だろう。彼に重要なことの決定権などはない。レイによって国の重要な財産である技術者が暗殺されることを恐れているのだ。

 その意図を読み取ったのか、レイが続けた。


「我々が追いかけている犯人は正義の執行人を気取って権力者を次々に殺害していっています。犯行方法は何人もの魔力を集めて強力な魔法を発現させるというもので、どんな防御魔法でもおそらく防ぐことはできないでしょう。攻撃の対象になった人間は全員、全身から血を出して死亡しています。その苦痛や恐怖は計り知れないものでしょう。そして次の標的は、あなたやあなたの周りの人かもしれません」


 権力者の男はやはりしばらく暖簾の奥で唸っていたが、やがてすっと立ち上がって言った。


「早急に技師を集めよ。そしてこの異国の調査官に全面的に協力するのだ」

「感謝します」


 レイの勝ち誇った顔。

 暖簾の向こうで男が着物を翻す。

 異変は、次の瞬間起こった。

 男がよろけ、膝をついた。レイもウェーブも、周囲の人間も一瞬だけ言葉を迷った。権力者の男が全身から血を吹き出して死亡するのに、その一瞬は十分すぎるものだった。

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