【再来する悪魔】

「【再来する悪魔ディアブル・レブナント】?」巨大な男が眉をひそめて首をかしげた。「確か十年くらい前にいた暗殺者の通称だったな。裏じゃ有名な都市伝説だ」


 伝説の暗殺者。葬ってきた対象は百人以上。依頼は確実に遂行する正体不明アンノウン。一時は彼を入手した者こそ政治の主導権を握るとさえも言われた人物。

 屈強な男、“大賢人”並の魔法能力を持つ者、元騎士、頭のいかれた魔女、実は子供、魔族の末裔――根も葉もない噂がいくつもまことしやかに呟かれてきたが、真相は誰も知らない。ただ一つはっきりとしているのは、彼がであるということのみ。警護の人間が何度殺しても起き上がり、どれだけ巧妙に隠された暗殺対象であっても必ず見つけ出して殺す――再来する悪魔ディアブル・レブナント。命を狙われて生き残った者は


「それがあんただって言うのかい?」


 巨大な男は不敵に笑った。周りを取り囲んでいる部下たちもにやにやと笑みを浮かべている。


「確かに“七大賢人”の一人であるあんたのことは尊敬しているが、相手が都市伝説じゃあな。そう簡単に納得するわけにはいかねえ」


 せせら笑う男。二メートルは超えようかという巨体。ブロンドの髪の毛をしっかりと固め、洒落たスーツを着こなしている――一見すると屈強な紳士。正体はギャングの長。修羅場をくぐってきた者特有の虚空を見つめる瞳が、テーブルを挟んで小さな人物に向けられる。


「つまり私が言いたいことは、時間があまりないということですよ、ミスター・マークス」

「マークス? はて、一体誰のことかな? ひょっとしてここいらを牛耳るギャング、マークスファミリーのジェラルド・マークスのことじゃあるまいね。驚いた。彼は“大賢人”を拘束もせずに対面に座らせる間抜けなのか?」

「私がマークスならまず有無も言わせず相手の手足を切り落とすでしょう。そうしないのは目的がではなくだからなのではないでしょうか」

「話が早くて助かるぜ。とはいえは気に入らねえ。本題に入る前に、ってのはどういうことか教えちゃくれねえか?」


 小さな“大賢人”――レイ・ルーン・ペンタプリズムが出された紅茶を一口飲んでから答える。


「話を戻しますが、【再来する悪魔ディアブル・レブナント】はなぜ最強の暗殺者となれたのでしょう」

「はあ? そりゃあ、だからだろう? 聞いた話によりゃあ、奴は腕を吹っ飛ばされようが足を吹っ飛ばされようがすぐにらしいぜ。それどころか頭や心臓をやられても平気だったらしい。殺しても殺しても、数秒後には何事もなかったかのように対象を。だから【再来する悪魔ディアブル・レブナント】ってわけだ」

「今の話は事実ですが、些か説明不足ですね。世の中には不死身、あるいは半不死の生物はいくらか存在していますが、では彼らはなぜそろって暗殺者にならないのでしょう?」


 ジェラルド・マークスは怪訝そうにレイの話に耳を傾けている。仕事柄には慣れているが、未だ目の前の小さな女魔導士の真意が読めていない。


「要人警護の点において、不死身の暗殺者を相手にする場合のマニュアルは、実はほとんど完成されているんです。即ち。このというのが肝でして、つまり、よりコストがかかるのは実は後者なんですよ」

「なるほどな」ジェラルドが頷く。「俺にも経験があるぜ。そして今まさにそんな状況でもある」

「あなた方が探しているのはラッセル・ホーキンスという人物でしょう?」


 ジェラルド・マークスは思わず目を丸くした。彼がここまで驚いた表情を見せるのは彼の部下でも経験のないことであった。「なぜあんたがその名前を?」ジェラルドがそう聞き返す前にレイが答えた。


「我々もラッセル・ホーキンスを追っています。の人物についても見当がついています」

だって?」


 ジェラルドが思わず聞き返したことを契機に周りの部下たちも顔を見合わせ、ざわざわと騒ぎ出した。


「あのクソ野郎が誰かに使われてたってのか?」

「いえ、使われているというのは少し違いますね。色々と誤解があるようなので、まずはそれを解くところから始めましょうか」


 ちらりと、壁にかけてある時計に目をやる。レイがこの屋敷に連れられてきてから二十分ほどが経過しようとしていた。


「ちょうど、私のも到着したようですし」


 勢いよく扉が開かれる。おそらく屋敷の警備を任されていたであろう下っ端の一人が転がり込んできた。


「ボス! 侵入者です! 奴は化け物だ!」


 途端に下っ端は後ろからの衝撃に吹っ飛ばされた。「野郎!」ボスの傍らにいた男が目にもとまらぬ速さで杖を抜いた。「【風】!」魔法陣の発現――空気の流れを操作することで発生する一瞬の真空状態。不可視のが瞬く間に侵入者を襲う。

 切断――血しぶきが上がり、侵入者の首が飛ぶ。脅威の切れ味。分断された首が宙を舞ってごろりと床に転がった。さしものマークスも眉間に皺を寄せる。


「誰がいきなりギロチンしろって言ったよ。見ろこれ、カーペットが台無しじゃねえか」一切の罪悪感のない口調。やれやれと肩を竦ませて立ち上がる。「あらら、“大賢人”殿申し訳ありませんな、部下が粗相をしたようで。お宅のお弟子さんが、あーあ、こんな可哀そうな顔しちゃって」


 ブラウンの髪の毛を鷲掴みにして床に転がる首を持ち上げた。


「まったくその通りです」どこから声が? 周囲の人間は何が起きているのか分からなかった。「復活するのにもエネルギーが必要なんですよ」


 声は下。分断されたはずの侵入者――その首から下の部分。もはやそれはではなかった。不意にが起き上がった。力を込めた拳でジェラルド・マークスの顔面を殴り飛ばす。


「何が?」「ボス!」「お前!」「殺せ!」「【風】!」


 様々な罵声や疑問と同時に呪文が唱えられ、再び風の刃が起き上がったを襲った。すっかり首が元通りになったは杖の動きから斬撃の弾道を予測――身体を逸らして直撃を回避。しかし斬撃の一つがの右腕を勢いよく切り飛ばした。

 の視界が風の斬撃を放った男を捉えた。右腕が切断されたことには一切の動揺が見られない。腕よりもむしろ落ちた右腕が掴んだままの杖を案ずる様子だった。一つ息を吐くともう右腕が元に戻っていた。

 は勢いよく地面を蹴って駆け出す。「【風】! 【風】! 【風】!」斬撃を受けた身体の一部が宙を舞うが、止まることはない。二秒で敵の魔導士の懐へ。右腕を振り上げる。上げた右腕が切断される――構わず振り下ろす。再生と同時に直撃。魔導士の顔面が音を立てて潰れ、その身体が二メートルほど離れた壁に叩きつけられた。滅茶苦茶な打撃――拳が破壊されることを一切計算に入れていない。

「そこまでです!」レイの声が室内に響いた。次の目標を定めて駆け出そうとしていたがピタリと動きを止める。「ありがとうございます。この通り、私は無事ですので、もうその辺にしてください」


 少年がふうと一つ息をつくと、傍らで横たわるジェラルド・マークスの胸倉を掴んで引き起こした。


「ご無事で何よりです、師匠。で、こいつらの目的は分かりましたか?」

「それをはっきりさせる前にあなたがボコボコにしたんでしょう。まったく、気が短いのはあなたの短所ですよ」


 レイは紅茶の最後の一口を飲み干した。少年――ウェーブ・ペンタミラーは周囲のギャングたちが唖然としている中、彼らのボスであるところのジェラルドを椅子に座らせた。


「くそったれが」ジェラルドが呻いた。「どんな相手でも必ず見つけ出して殺す不死身の暗殺者【再来する悪魔ディアブル・レブナント】――このガキがそうだってことか」

「どうもうちの弟子が粗相をしたみたいで申し訳ありませんね」レイが涼しい顔で謝罪を述べる。

「僕はあなた方のような裏の人間に生み出された存在です。ちなみに実年齢は三十二歳。ガキではありません。もしかしてここにいる皆さんと同年代かもしれませんね。ところで僕の師匠のこともあまり舐めない方が良い。僕の拳骨なんか目じゃないですよ。街一つ潰すのに一時間もかからないでしょう。年齢についても僕より二回りも、」


 言いかけたウェーブの頭が吹っ飛んだ。今度は風の魔法などではなく上級爆裂魔法――無詠唱。魔法陣の展開もなし。レイによる。手足を切り落とされてもここにいる全員を一瞬で始末できるぞという脅し。

 頭が生え変わったウェーブがやれやれと肩を竦ませ、足元の自分の右手から杖を取り上げた。殺されても数秒で復活して相手にを返す――再来者レブナント。不死者の証明。

 ウェーブの自己紹介。人造人間ホムンクルス――千年前に禁じられた技術。とある闇の錬金術師が甦らせ、ありとあらゆる犯罪に利用された。人身売買。臓器提供。性的玩具。奴隷としての労働力。場合によっては国さえも取引の相手であり、彼らはあらゆる人体実験を人造人間ホムンクルスたちに施した。


「僕はその中でも特別製で、たとえ身体の一部が欠損したとしてもすぐに回復するんです」


 少年の眼差し――虚空を見つめる。ジェラルド・マークスと同じ眼差し。修羅場を潜ってきた者の眼。異なるのは現在の彼が間違いなく正義の側にいるという事実。

 ジェラルドが鼻血を抑えながら口を開く。


「オーケーだ。取り引きの相手にするには最高にクールだな。“大賢人”殿に不死身の弟子か。オーケーだ。最高にクールに行こうぜ」


 自分に言い聞かせるように呟く。部下たちが心配そうに見つめている。


「お互いの持っている情報を交換しましょう」


 レイがそう提案した。急いでいる素振りはないが、できるだけ早く話を終わらせてやりたいというジェラルドへの慈悲の心はあった。要点をまとめて話を進めたい。

 ジェラルドはどこから話したものかと一瞬思索したが、すぐに答えを出した。


「今朝、俺の部下の二人が殺された。当たり前だが騎士団には通報しちゃいねえ。俺らのは、処理するのが通例だからな。で、二人を殺った有力候補がラッセル・ホーキンスってわけだ」

「なぜ彼の犯行だと?」

「あの野郎、俺らの世界に片足突っ込んでたのさ。違法薬物ハッパの売買でな。何度かトラブった。で、何日か前に野郎の女が姿を消した。無論、俺らは関与しちゃいねえ。野郎はともかく、女の方は完全なカタギだ、俺らの流儀じゃねえ。だがラッセルは俺らの仕業だって思い込んでいた」

「そんな中、ラッセルの恋人の死体が出た」

「ああ。全身の皮膚を剥がされてな」

「念のため伺いますが、あなたの部下で皮膚を剥がすことを得意、もしくは好んでいる者は?」

「拷問を担当する人間は何人か抱えているが、皮膚に拘る奴はいないね」

「これで確信しました。さて、恋人殺害の事実を知ったラッセルは暴走することになります。こんな酷い殺し方、ギャングやマフィアの犯行に違いないと、マークスファミリーの人間を二人、報復として殺害した。そして姿を消した」

「その通りだ」ジェラルドが部下に持ってこさせた水を一息に飲み干した。「俺の可愛い部下を殺しやがって……あいつは絶対に見つけ出して報いを受けさせにゃならん」


 レイがふむ、と頷いた。そしてウェーブと顔を見合わせる。ウェーブはまるで分からないと首を傾げた。


「僕たちの筋書きとは大分話が違いますね」

「というと?」

「我々や騎士団は現在ラッセル・ホーキンスをその恋人であるマーベット・スタンフォードを殺害した第一容疑者として手配しているんです。事件の数日前、二人が口論しているのが目撃されていたので」

「――というのが表向きの動きです」


 ジェラルドが黄金の瞳を覗き込む。取引相手が嘘をついているか、真実を言っているか。


「さっき言っていたとやらか」

「ラッセルが真犯人じゃないんですか?」

「魔法大学の中でも落ちこぼれだった彼に、あれほどまでに高度で綿密な剥離魔法が使えたとは考えられにくいです。それに、たとえ彼が被害者を憎んでいたとして、皮を剥ぐ必要はないはずですから」

「それじゃあ、ラッセルは」


 ウェーブが杖を振った。魔法陣の展開。【探索魔法サーチ】の発現――反応なし。


「馬鹿な。僕の【探索魔法サーチ】に引っかからないなんて……少なくとも三重以上の妨害魔法陣が必要なのに」

「もしくは探索の対象が既に死んでいるか」

「ラッセルがもう死んでいるですって?」

「真犯人によって殺害されたのでしょう。自殺か事故に見せかけてね。きっと数日以内に遺体が見つかるはずです」

「何てこった」ジェラルドがお手上げと言わんばかりに両手を挙げた。「俺らは死人を探してたわけか。どっかの誰かさんみたいに生き返って知らせてくれたら楽だったのに」

「とはいえ、あなた方の働きは決して無意味じゃありませんよ。マフィアやギャングの情報網や動きの速さというのは馬鹿にできないものです。さて、ここで一つ問題です。マークスファミリーによる捜索が始まるより前にラッセルが接触しそうな人物とは誰でしょう」

「ピンチの殺人犯が頼りそうな相手ですか。確かラッセルの両親は既に他界していましたよね。あとあり得るとすれば、普段世話になっている人物……大学の教員や職員とか?」

「正解」レイが弟子ににっこりとした笑みを向ける。「その仮説なら時系列でいえば逆もあり得ます。即ちマークスファミリーの捜査が始まったことを聞きつけた真犯人の方からラッセルに接触する場合です。いずれにせよ真犯人が大学関係者なら騎士団やマークスファミリーよりも先にラッセルに接触できる」

「そしてラッセルを殺害し、マーベット殺害の犯人に仕立て上げる――そこまで分かっていたのなら、どうしてラッセルのことを聞いた時、いきなり駆け出したりしたんです?」

「真犯人を欺くためです」敵を騙すにはまず味方から。レイが悪戯めかしてウインクしてみせた。ウェーブは年齢に不相応な仕草だと指摘しようとしたが、また頭を吹っ飛ばされるのを予感して飲み込んだ。いくら復活するとはいえ痛みや疲労は感じる。


「では、師匠は真犯人が分かっているんですか?」

「もちろん。落ち着いて犯人像を思い出してみてください」

「まず変身願望がある」

「変身の対象は?」

「若い女性。確定ではないかもしれませんが黒髪の美人」

「確定できる情報は?」

「大学関係者でラッセルと交友がある。魔法能力は大学の中でも上の方。でも変身魔法を極めるほどじゃないから、おそらく“賢人”クラスではなく、“上級魔導士”以下」

「国立魔法大学で変身魔法を学ぼうとすれば、嫌でもロンバート教授と知り合うことになる。君も思わず一目ぼれしそうになった教授にね」

「ということは、犯人が変身したがっていたのは黒髪の女性の中でも、ロンバート教授?」

「可能性は非常に高いと思いますよ。何せウェーブ君が一目惚れするほどの美女ですからね」


 ウェーブが気まずそうに咳払いを挟んだ。


「つまり結論は?」

「真犯人の範囲はごく小範囲に狭まり、私の勘では特定できています」

「師匠の勘はよく当たりますからね。で、誰です?」

「レベッカ・マクリーンです」

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