社会とは何か
社会的正しさを論じる前に、まずは社会とは何かを考えなくてはならない。今度は少しズルな気もするが、辞書を頼らず、社会学の文庫本に寄って考えていこうと思う。ランドル・コリンズ著、『脱常識の社会学』である。
まず第一に、ホッブズが広めた誤解を解いておこう。社会は、人々が合理的に考えて作り出したものである、という誤解である。確かに我々は、協力し、社会を形作ることで、一人ではなし得ないことを成し、利益を得ている。自分に力がなくても、社会に頼れば自らを暴力から守ることができる。自分に農地がなくても、社会に貢献すれば金銭を用いて農作物を手に入れることができる。一見、社会は非常に合理的なシステムのようにも思えるだろう。
しかし「人が本当に合理的であるならば、社会は決して作られない」。何故ならば、社会を形作るためには、自分以外の人も共に社会に貢献するという確信が必要にもかかわらず、人はそれを決して得ることができないからである。
もし自分以外の人が社会に(広義の意味で)貢献しなければ、自分が社会に成した貢献は全て何もしなかった人々によって取られてしまう。自分は、社会からの便益を何一つ受けることができないためである。もし互いに社会に貢献しなければ、社会からは何も便益を得られないが、何も失うことはない。ゲーム理論で言うところの、囚人のジレンマゲームである。
勿論、みんなが社会に貢献すれば、互いに便益を受け取ることができるだろう。しかし、自分一人だけが社会に貢献しなければ、一切のコストを支払わずに大きな便益を得ることができる。自分以外の人々が社会に貢献しようがしまいが、自分としては、
これに対する反論として、長期的な合理性を考えるべきだと言うものがある。ゲーム理論の実験においても、同じ実験も何度もやるのだとしたら、短期的には非合理的な選択肢を選ぶ人が多いという。一度社会への貢献をやめてしまえば、次は社会からの便益を失うと考えるからである。
であれば、人々は長期的には合理的であるから、社会をつくったと考えるかもしれない。しかし、これは結局、「相手が長期的に計算をして、短期的な誘惑に駆られて裏切らない」という前提があって初めて可能な合理性である。合理的な個人は、相手が前提を守らなかった時と守った時を勘案した結果、どちらにしろ自分は前提を守らない方が得だと気がつくだろう。こうして、社会は成り立たなくなる。
しかし、現実に社会は存在している。これは一つの重要な事実を示唆していると言えるだろう。すなわち、「社会には非合理的な基盤がある」ということだ。
行動経済学者のダニエル・カーネマンは著書『ファスト&スロー』において、個人は限定的合理性に基づいて行動していると言う。人はまったく合理的でないわけではないが、完全に合理的というわけでもない、ということだ。
社会における非合理的な基盤とは、人間の合理的でない部分、即ち感情である。全てではないにしろ、社会を維持する基盤として、感情は決定的に重要な役割を持っている。
「我々は(根本的な部分において)同じ感情を共有している、だから、みんなで社会に貢献し続けることで、便益を得続けることができるだろう」という、まったく合理的ではない考えこそが、社会を成り立たせているのである。誤解されないように一応補足すると、我々は根本的に同じ感情を共有していると言っているわけではない。個人がそう認識することによって、社会集団が成り立つということである。
個人が、圧倒的な力を以って集団を従えているのではない限り、社会集団は漏れなくこの原則に従うだろう。独裁者であっても少数の支持者との連帯が必要であるし、国王であっても側近や身内との連帯が必要であるためだ。
そして現実の社会は、こうした社会集団が複数存在し、マルクス的に言えば、階級闘争を繰り広げている(という見方もできる)。ただし、世の中に存在する階級というものはとんでもなく多いばかりか、個人は複数の社会集団に同時に所属しており、時と場合によって連帯を感じる社会集団が異なる。
社会的な正しさが、こうした社会集団ごとに、個別に生み出されると考えれば、
しかし、これだけでは差別の理由を説明したことにはならないし、社会的な正しさとは何かも説明できていない。今起こっている現象を解釈する一つの考え方に過ぎないとすら言える。
次は、一つの社会集団の中で、どのように正しさ、正当性が形作られるのか。そして、何故他の社会集団と対立するのかを考えていく。
【まとめ】
・合理的な個人は社会を作らない。
・社会は非合理的な基盤、平易に言えば信頼によって支えられている。
・個人は限定的合理性に基づいて行動している。
・感情は社会にとって決定的に重要な要素である。
・社会的な正しさは、社会集団ごとに異なる。
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