春日傘[はるひがさ:晩春]

 魔がさしたような寂しさだった。柄にもなく外をうろつこうとしてしまうくらいには。

 飾り気ゼロ、セキュリティは人並み程度の可動式個人用遮光シールドパラソルを従えて公園になど繰りだしてみる。砂地の上に低木や茂みが設えられて、赤茶色と深い緑のコントラストが眩しい。空はフィルタによって光量を減じられてもなお青く、ひろびろとしていた。

 開放的な風景にもかかわらずさっそく後悔しているのは、あまりに露骨なの群れを見たから。

 きらびやかに飾り立てたパラソルたちが、目的もなさそうに、あてどなく人待ちするようにふらふらと動きまわっている。

 夏が来ればそれぞれ地下にこもって大人しくしているしかない。苛烈な気候と深刻なエネルギー不足に耐えるための、知恵とも呼びたくない風習。短い春を謳歌おうかせんとする若者たちは(とはいえ私と同年代だ)寂しく蟄居ちっきょするよりはと恋人探しに精を出す。

 刺繍ししゅう布や変わり織、珍しい柄染なんかを最外層にあしらって、外に繰りだしては出会いを求める。私はそれをくだらないと思っていたし、ひらひらのパラソルなんて、それを見て中身を知りたがるような異性なんて気持ちが悪いと思っていた。

 だからこそのそっけないパラソルなのではあるけれど、今日は若干分が悪いというか、こっぱずかしいような気分だった。場違いなのだ。

 こんなことならブックストアでも見ているんだった。ひと夏以上の量は確保してあるが、本を吟味するのはいつだって幸福な作業だ。唇を噛んで回れ右をする。慣れないことはするものじゃない。

 と、そのとき私に声をかける者が現れた。ごくふつうの挨拶、そして軽い世間話。なんてことだ、私も春日傘の同類だと思われていたというのか。しかもこんな、素っ裸も同然のパラソルで。からかわれてなるものかと身構える。

 けれど相手の声はどこか間が抜けていて、それでいて落ち着いた感じもあり、よくよく観察してみれば装飾だってなんとなく変だ。数式と図形が所狭しと書いてある。

 きっとこの人はそれが美しいと信じているのだ。

 うっかり笑いがもれる。相手がどうこうではない。ちょっと話してみたいかも、と考えはじめてしまっている私が、あんまり滑稽こっけいなものだから。

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