第5話 引っ越し祝い

「これ、作ったんです。よかったら食べませんか。えーと、引っ越しそばの代わりのお礼というか。そう、引越祝いっていうやつです」


 そう言って、西野さんは持っていたタッパーを俺に差し出した。

 俺は思わず、受け取る。

 温かくていい匂いがした。


「あ、ありがとうございます」


 自分でもあまりにも自然に受け取った自分の仕草が不思議だった。

 だけれど、西野さんは俺が受け取るのをみて、安心したように微笑んだ。

 美人なお姉さんが微笑むともうそれは、天使が微笑んだのかと思うくらい俺の頭の中を砂糖にして溶かして焦がしてクリームブリュレにされてしまったのではないかと思うほど、甘い気持でいっぱいになった。


「よかったあ~。いやがられないかすごく不安だったの。最近だと潔癖症で他人が作った料理食べられないって人もいるっていうから」


 西野さんはほっと胸をなでおろす。

 なんだか、その瞬間は最初にもった大人びた印象がとけて、急に年下の女の子のような無邪気さが顔を出した気がした。


「料理得意なんですか?」


 俺が聞くと、


「いえ、得意ってほどでは。でも、やっぱり自炊しないといけない状況に追い込まれちゃって……ネットで動画とか見ながら作ってます。もちろん、手洗いとか手袋つけて料理しているので安心して下さい!」


 そういって、西野さんはにこっと笑った。

 そんなところまで気にしてくれているのか。どちらが潔癖症なのか分からないくらいだ。

 だけれど、まあ、確かにそこまでしてくれているのなら安心かもしれない。

 それに西野さんがくれたタッパーからはすごく美味しそうな匂いがしている。


「じゃあ、遠慮なくいただきます。ちょうど、夕飯なにも用意してなくて助かりました」


 俺は少し頭を下げる。


 いえいえと西野さんは照れたように微笑んだあと、


「では、夜分に失礼しました」


 そういって、玄関の扉を閉めた。

 本当はちょっと、誰かと食事をしてみたい気持だった。

 引っ越し初日じゃなかったら、「もしよかったら家で食べませんか」と声をかけたかもしれない。


 いや、ないな。

 だって、お隣さんとはいえ、知らない男の家にあがるなんて危険すぎる。


 俺はうっかり誘わなかったというか、誘えなかった状況に感謝した。

 引っ越し初日だから、部屋は片付いていないし。飲み物一つ出せる状況じゃない。


 だけれど、なんだか無性に誰かと食事をしたくなった。

 一人暮らしの食事はなんとなく寂しい。

 チェーン店のものやスーパーのお総菜を食べているのだから、まずくないはずなのに。

 なんだか最近、食事を美味しいと感じることがほとんどなかったということに気が付いた。

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