第2話 裸エプロン

 トントンと叩かれ続ける扉、夜、ドアスコープの向こうに女の人。

 これだけみると、ホラーの条件が整っている。

 それにイマドキ、知らない人が来ても空けないというのが一人暮らしの大学生の基本だろう。


 だけれど、ドアスコープの向こうにいる女の人はとても綺麗な人だった。

 少なくとも幽霊ではない。

 すくなくとも幽霊だったらもっと陰気な格好をしているだろう。

 髪が濡れているとか、真っ白なワンピースを着ているとか、服が破れているとか、足がないとか……なんかこうもっとぱっと見た感じに明らかにやばい雰囲気をださなきゃ、幽霊として化けて出る意味がない。

 だけれど、ドアスコープの向こうには信じられない光景が広がっていた。


 美少女が俺の部屋の前に立っているだけでも、驚きだ。


 美少女が、エプロンをして、俺の部屋の前に立っている。


 美少女が、素肌にエプロンの姿で、俺の部屋の扉を叩いている。


 俺の部屋を裸エプロンの美少女が訪れている。


 うん、理解できない。

 まだ、幽霊とかの方がいかにも事故物件っぽい、ボロアパートにぴったりだ。

 裸エプロンがどんな場所に似合うかは俺には分からないけれど。

 もし、似合うとしたら幼馴染の男女が分け合って一緒に住むことになって新婚さんごっこするときの朝のキッチンくらいしか思い浮かばない。


 それくらい非現実的な格好だった。


 しかも、美少女だ。こんなボロアパート。まだ、女装した変質者とかの方がしっくりくる。

 でも、確かにドアスコープの向こうにいるのは美少女だった。

 ただ、雰囲気からいうと落ち着いているので美人さんという表現の方がしっくりくる。

 たぶん俺と同じか、ほんのちょっと年上くらいだろう。


 黒髪は緩く束ねて右肩から流している。

 エプロンはピンク色。

 女装を好む男性の趣味とは異なる、リアルな女性の服装だった。

 異常なのは服を着ていないことだけ。


 ちなみに、靴下についてはどうなっているか気になるけれど、ドアスコープからではよく分からなかった。

 個人的にはフリルのついたソックスとかなにか靴下やストッキングをはいているとポイントが高い。


 俺がドアの前に立っていることに気配で気づいたのか、


「すみません。隣の者ですが、もし良かったら……」


 最後の方が聞き取れなかった。

 何て言っているのだろう。

 もしかして、これはアダルトビデオの撮影か何かで俺がでるまであの美人さんは部屋の前から動くことができないのだろうか。

 もしかして、不動産屋がごにょごにょいっていたのは、ここが事故物件だからではなく、アダルトビデオの撮影とかに一室が使われるようなアパートだからだろうか。


 仕方ない。


 温かくなりつつあるといっても、まだまだ夜は冷える。裸の女性を家の前で待たせておくのは可哀想だ。

 俺が何らかの反応や対応をすればきっと美人さんは部屋にはいって撮影の続きができるだろう。

 俺は覚悟を決めて玄関の鍵をあけて、扉を開いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る