◇6 絵を依頼しよう! ……できるのか? この人に

 まるで喪服だなと思うような、黒いブラウスとスカート。そして今日はいつもより酷いなと思う服と体の絵の具の汚れ。

 長い尻尾は元気なく垂れていて、鬱な感じを醸し出している。


 そんな彼女に何度も頭をブンブンと下げられながらリビングに通された。


 小さな家にいくつかの部屋がある作りになっているんだろう。

 寝室、リビング、バスルームやトイレを狭い家に詰め込んでよりぎゅっと圧縮したような印象を受ける。


 そして椅子に座った状態から見えている、固く閉ざされた感触を受けるドア。

 リビング周辺は散らかっていないことを考えると、あの部屋は恐らく……。


「あああっ、あの部屋は駄目ですっ……あの部屋は今、絵の具をひっくり返して……ぅぇうぇっ……」


 それ、言わなきゃ俺は確信を持たなかったんですけど。


 それより、ドアノッカーで大きな音をたてた結果があの部屋の状態か! どんがらがっしゃんとそれはもう悲惨なことになっているのだろう。


 絵の具や家具、インテリアがどんな状態になっているのか想像したくない。

 片づけを手伝いたいと思うが、さすがに仕事部屋にずかずかと入るのは失礼だよな。


 何度も頭を下げ、緊張しがちに青い髪の獣人さんが椅子に腰かける獣人さん。

 いや、何度も頭下げたいのはこっちだよ! 俺が原因で部屋汚したんだし。


「いえ、すみません。こちらこそ前もって連絡せず」


「あううぁ、いいんです……仕事、はいるだけでもありがたいので……。あの……絵を、描いてほしいという話でしたが、私でその、いんでしょうかぁ……はうぅぁ……」


 がくがく変に揺れ動いたまま、絶対目を合わせてくれないなこの人。本当にちゃんとした絵を描いてもらうことができるのか心配になってくる。


「ええ。あの毎日捨てられる絵がもったいないなと思うくらいに素敵だと思ったので」


「ひゅ、ひゅ、ひゅへへえぇ……えへへ……す、素敵ですか、そうですか……。ふひっ、ひゅへへぇ……」


 縮こまり、うつむいて視線をこちらに合わせないままの顔が引きつった笑い方。しかも声がめちゃくちゃ上ずっている。


 目は歪な円を描くように揺れ動いて、外に出たら周りから「不審者だ!」と言われるような様相をしていた。


 どんな育ち方というか、どんな不幸な経験をしたらこうなるんだよ!? ボッチで育ってもこんな笑い方にはならないぞ!? 人生経験が非常に気になるよこの人!


 もし神が酷い運命を背負わせているのなら、神〇ね! 背負わせていなくてもとりあえず〇ね!


「ひゅしゅ、しゅいましぇん……人と全然話さないので、声の出し方、笑い方……忘れててぇ……ひゅへへっ……」


「あっ、はい……。あの、俺は舞川創矢といいます。これから依頼の話を進めさせていただきますが、よろしいでしょうか?」


 相手の暗いどんよりとしたペースに流されては駄目だ。

 無理矢理にでも俺がペースを掌握して話を進めてかなきゃならない! 注意しないと暗い話してコーヒーでも飲んで終わりそうだぞ!?


「もっ、申し遅れましたぁ……私、ベルムリッド・ローゲベイル、です……いつもゴミをありがとう、ございます……」


 視線を嫌でも俺と合わせないまま、ギ・ギ・ギとお辞儀。いかにも体が硬そうである。


「あの……姿勢が悪くて申し訳、ありません……何年も前は山を駆け巡っていた、のですが、ね……ふひっ、ふへへ……狩りや弓も、得意でしたが……」


 この人が山を駆け巡っていたとか想像できん。アグレッシブにこの人が山を駆け巡るの?

 で、弓を射るの? そんでもってモンスターとか獣を狩るの? 獣人さんだし体力はあるのか?


 ……この人がなんて、やっぱりイメージがまったく浮かばない。躍動的な感じがまったく掴みとれないんだけど!?


「えぇとですね、まず仕事の話を」


「ひっ!? ごめっ、ごめんなさい……絵の、内容は……? どんな絵を……? なん、枚……?」


 話を切り出した途端に「ひっ」って。どんだけ人に対しての嫌悪感やトラウマを持っているのだろうか。


「えっと、これです。このカード……いや、板に貼り付けた紙にそれぞれ勇者・魔法使い・戦士・射手・盗賊の絵を。小さくで良いので」


 俺が懐から取り出した、勇者という文字や数値が描かれたカードを興味深そうに観察するベルムリッドさん。

 裏面を観察したり、斜めから見たりして、ずいぶんと珍しいものを見たかのような反応だ。


 観察が終わった後、彼女は親指と人差し指を近づけたり離したりして、どれくらいのサイズにするか考えてからまた質問してきた。


「小さく、小さく……はい、背景、は……?」


「背景? ええっと、無くていいです。簡単なキャラクター単品っていう感じで」


 絵は簡単な物でいいだろう。背景とか綿密に描いてもらうと、受け取りが遅れそうだし。


「はい……なし……表情や、ぽ、ポーズはいかが、なさいますか……?」


「あっ、表情とポーズ? えぇと」


 しまった。依頼することばかり考えていて、あんまり構図のことを考えていなかった。


 すると、あんまり深く考えていなかったことを察してくれたのか、ベルムリッドさんがおずおずとこちらに任せてみないかと提案してきた。

 さすが絵師。コミュ障っぽくても絵のことになるとやることはわかっているもんなんだなぁ。


「しっ、失礼ながら……お任せでも可能で、す……こっ、これくらいのサイズなら……少々待っていただければ、すぐに……サンプルをお見せします……」


 絵師として頼りになるんだかならないんだか……。

 しかし、少し待つだけでサンプルを見せてくれるとはかなりのスピードで絵を描くんじゃないかこの人?


 人は見かけによらないんだな。いや、だが対人能力が低すぎるベルムリッドさんから、意外と頼りになるとはどう予想できようか。初対面じゃ予想無理だろ。


 それと、あとは色・よろいの有り無し・性別等を質問された。

 だいぶ細かいことまで質問されたけど、彼女はそれだけ仕事としてちゃんと絵を描きたいんだろう。


 最後の質問が終わった後、ベルムリッドさんは急によりしどろもどろになって、こちらも話しづらい雰囲気になってしまった。


 なんだ? 俺も何か変なことを言ったり忘れているんじゃないだろうか?

 言葉をしゃべれないほどの彼女の様子は、先程までと比べて明らかに異常である。


「あの、どうしました?」


「え、えぇとですねぇ……そのぉ……あのぉ……」


 言いづらいことを話そうとしている雰囲気だ。トイレか?


 あっ、もしかして……お金?


「もしかして、お代のことですか?」


「すみません、すみません……はい、お代の話は……えぇと……」


 質問している間は姿勢がいい感じだったのに、また姿勢が悪くなって何度も頭を下げるベルムリッドさん。


 いや……交渉下手か!! 大丈夫かベルムリッドさん!? どうやって生活してるの!?

 絵を描いても金額を踏み倒されたり、注文してもこの様子を見て「やっぱりやめた」みたいなこと、だいぶ体験してんじゃないの!?


 どうしよう、俺もこの様子を見てめちゃくちゃ不安になってきたぞ。

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