プロローグ 2 潰走

2時間後、バードとその横にいた少女、ヴィルマの身体は『フィリピン・シー』から15㎞離れたロス海付近の氷原にあった。2人の後ろには水上機母艦『パイン・アイランド』から発艦し、2人をここまで乗せてきたPBMマリナー飛行艇がその巨大な翼を氷原の上で休ませていた。


「少将、お呼び立てして申し訳ありません。直接見ていただく方がいいと思いまして…

…」


ロス海近くの氷原にTF68の拠点を制作する為に送られた先遣部隊の隊長がバードの元へ駆け寄ってきた。階級章を見るとアメリカ陸軍の大尉らしい。実直そうな性格が顔に浮き出ている。大尉の言葉にバードが返答する。


「構わんよ。で、それはどこに?」


「こちらです」


大尉は2人を連れ歩き始めた。


「先ほど拠点の制作が終わって部下に周辺のパトロールをさせていたんです。パトロールを開始して5分後ぐらいでしょうか。とある隊の隊員がクレバスに落ちたという連絡が入り自分はその隊員を救助するように命じました」


大尉が事の次第を2人に説明する。喋っているうちに興奮しているのか、それとも混乱しているのか、大尉の足取りが若干早くなっていた。2人は大尉に追い付くために足の速さを若干早めねばならなかった。


「クレバス自体は小さかったので件の隊員の救助には成功しました。ですが……」


「だが?どうしたんだ?」


今までのマシンガンの様な話し方が嘘のように突如言いよどむ大尉。その姿を不審に思ったバードは大尉に先を促した。


「……落ちたその場所が問題だったんです」


「場所?」


少女が大尉の言葉を繰り返す。その時、大尉が初めてヴィルマの方を向いた。


「少将、この子は?」


「君は気にしなくていい。とにかくその場所はどこなんだね?」


「失礼しました。すぐそこです」


大尉が指さす地点を見ると騒ぎを聞きつけた先遣部隊の隊員たちがクレバスの周辺に集まっている。中にはそのクレバスの中を覗き込んでいる隊員などもいた。


「すまない、通してくれ」


隊員たちの間をかき分けてバードはクレバスのすぐそばまで足を進める。


「中に誰か入ったのか?」


「さっきはしごを掛けました。中に偵察に入った隊員が何人かいます」


バードは近くにいた隊員に話しかける。どうやら中には何かがあるようだ。振り返って自分の後をついてきていた大尉に問いかける。


「中には一体何があったんだ?」


すると大尉は重くるしそうに口を開いた。


「凍死体です……僧侶の様な服を着た人間が何人も氷の中に作られた部屋に並べられていました……」


バードは絶句した。こんな場所に僧侶の死体だと?しかも複数体?どういう事だ?困惑を隠せなくなったその瞬間、今回の任務の目標が頭の中にスパークを起こしたかの如く思い出された。


『敵の殲滅』


まさか……これもその1つなのか,,,,,,


「大尉」


「なんでしょう?」


「そのクレバスの中に入ることは出来るかね?」


バードが大尉にそう話しかけた瞬間、バードの横にいたヴィルマが大声で叫んだ。


「伏せて!!」


少女はそのままバードと大尉の上に多い被る。


何を。そう叫んだバードの声は巨大な爆発音にかき消された。バードはとっさに状況を理解しようとしたが耳が爆発音で麻痺し、周りの音が何も聞こえない。何が起こった?今の爆発はなんだ?


「……襲!……時の方向に……応援」


うっすらと誰かが叫んでいるのが聞こえる。ふと誰かに手をつかまれた。自分を爆発から庇おうとしてくれたヴィルマだ。ふと大尉のいた場所を見てみると、そこには誰もおらず、白い雪原に赤い液体が染み込んでいる。


「立って!」


ヴィルマの声で我に戻る。その時にはすでに聴力は元通りになっていた。周りで何が起きているのかを把握する。先遣部隊の兵士は小銃を持ち何かと交戦している。その横では無線手が恐らく旗艦の『フィリピン・シー』と今の状況に関して交信を試みようとしているのだろう。美しい白色の世界は瞬く間に血と臓物と火薬の匂いで溢れかえっていた。


「逃げるよ!」


バードの手をつかんだヴィルマはそういうと先ほどのPBM飛行艇の場所まで一目散に走り始めた。周りで起きている爆発や銃撃戦の事などお構いなしに一心不乱に。バードもそれに合わせようとするが、60手前の肉体は自分の想像以上になまっていたらしい。命からがらPBM飛行艇までたどり着いたところでバードの記憶は途切れてしまった。



次にバードが目を覚ましたのは南極大陸から遠ざかる途中の『フィリピン・シー』艦内医務室だった。


そこでようやくバードは悟った。作戦は、敵の殲滅は失敗したのだ。




『アメリカ合衆国は敵対地域に対して至急、防衛網を張る必要がある。次の戦争では南極や北極経由で合衆国が攻撃を受ける可能性があるだろう』


1947年3月5日 南極遠征から帰還したバード少将が取材に応じた際に記者に対して発言


~続く~

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