第26話


 ―三日前―



「デュラント。貴様また授業をフケたそうだな」


 生徒指導である戦闘技術専門の教師ミファエル先生が、朝俺の教室のまえで待ち構えていた。


「ええ。……校外学習に出かけてました」


 このミファエル、女性なのだが髪がベリーショートで話し方も威圧的であり、なんだか昔の上司を相手にしているようで苦手だ。


「今度という今度は学長もかばいきれなかったようだぞ。お前には罰として第三倉庫の掃除をしてもらうことになった。掃除が終わるまで授業には出れんからな」


「……わかりました」


 一礼し、その倉庫とやらに向かった。


 神聖機関のことが気になって、ここのところ街を哨戒してまわっていた。そのために学校は途中抜けすることが多くなり、こういうことになってしまったわけだ。


 倉庫のなかは鏡や水晶、鍋などわずかな備品が置いてあるほかはなにもなく、床は埃だらけで壁にはカビや汚れが染みついていた。


「これ全部食べれないか? モス」


「病気になっちゃいそう」


「……しかたない。地道にやるか」


 三角巾を顔に巻いて、モスと掃除をはじめた。もう一人俺には精霊のマリルという仲間がいるのだが、やつは面倒ごとを押し付けられるのを察したか姿がない。今頃どこかの花畑で虫や動物と遊んでいるだろう。


 丁寧にモップをかける横で、モスも雑巾がけを手でやってくれる。

 

「おーい! 面白いモン借りてきたぞ!」


 そこに突然、小さな女の子の姿をした妖精マリルがあらわれる。精霊なので神出鬼没だ。


 手にはウクレレのような、アコースティックギターのようなものの小さい版を持っている。


「なんだそれ? 楽器か」


「キリギリスさんのオーケストラ団から借りてきたんだぞ」


「お前また知り合い増えたのか」


「タクヤとモスはなにしてるんだ?」


「掃除だよ。タクヤがサボったバツでね」


 こいつらは俺のことをセルトではなくタクヤと呼んでくれる。


 セルトという名が嫌いないわけではないが、タクヤという名で呼んでもらったほうがありがたい。

 セルトは親がくれた名だ。人生における希望や期待をこめて作られたものである。


 一方俺はまったく働こうとというつもりがなく、社畜時代できなかった人生を楽しむと言うことをやることしか考えていない。セルトと呼ばれるとどうしても両親のことを思い出して、好き勝手生きることにすこし罪悪感を感じてしまう。


「じゃ、演奏するから掃除がんばれ」


 そう言ってマリルは椅子に腰かけて、ウクレレを奏ではじめた。鼻唄をメロディーにのせている。


「できれば手伝ってほしかったが……」


 まあけっこううまいし、小学校の掃除のときにもこんな音楽が流れてたし悪い気はしないな。


 モスは気分が乗ったのか、ノリノリで踊りながら雑巾をかけたりホコリをはたいたりしていた。なにか生物の本能に呼びかけるようなリズムなのだろうか。


 モスとマリルはいよいよ掃除そっちのけで踊りだし、モスが調子に乗って雑巾を尻にしてソリのように床をすべりはじめる。


 そうしてバケツと当たり、見事にそれをひっくりかえした。


「だいじょうぶか?」


「サイコ―!」


 とモスが答え、


「いいぞー!」とマリルもハイテンションで叫ぶ。


「良くねえよ。……ん?」


 バケツの転がったほうこうを見て、ある違和感をおぼえる。


 水が床にひろがっていっている。しかしバケツは壁際にあったため、本来壁にそって水たまりができるはずだ。


 だが、水は消えたかのように質量を減らしバケツのまわりにわずかな水たまりを残るのみである。


 どういうことだ?


 かがんで壁の隅を見る。そしてはっきりとわかった。

 壁が水を吸い込んでいるのだ。まるでこの先に空間があるかのように。


 不思議に思い壁をさわってみる。すると一部にほんのわずかなでっぱりができているのが見え、それを指で押してみた。


 するとガコッとなにかが外れたような音がして、壁は自動ドアのように横にスライドしてその先の通路を開放した。


「わー!? なんだなんだ!?」


 マリルがそれを見て我先にと中に入っていく。

 窓もないのにやけに部屋のなかは明るい。石でできた壁は分厚く、外とはつながっていない。


「なんだ、この部屋……」


「ねえ、なんだろうねこれ」


 モスの見ている方向に目をやると、なにか石でできた台のようなものがある。そこにはおそらくロウソクやそして魔法陣などを使ったと思われる痕跡が残っていた。


 だれかがここでなにかをしていたんだろう。


「隠し部屋、というやつか? 職員も知らないようだったが……」


 あるいは、魔法でこの部屋をつくりだしたのか? 歴史の長い学校であるので、できるやつがいた可能性はある。


 本だなもあるが、書物は一冊も残っていない。台の近くの床に、一片の紙切れをみつけた。


「見たことない文字だね。なんて書いてあるの?」とモスがきいてくる。


 さわった感じ、古い紙だ。そして古代の文字で書いてある。神眼のおかげでなんとか読めそうだ。


「『神がいれば世界は救われる……』」


 紙の大きさ自体はノートのようなサイズだ。日記かなにかの切れ端だろうか。


 あの台座のあとも気になる。まさしく、謎の部屋だな。


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