第20話



20


 次の日、学校にカレンの姿がない。ロビーのことも無事に済みそうだし、別れの挨拶くらいはしてもいいか、と思ったのだが。


 昼になっても来なかった。俺はそのことが気になっていた。軍が対応してくれるのだから、それで終わったはずだ。


「どうしたんですか?」


 俺が焦っているのが伝わったのか、ミスキがきいてくる。


「きのうカレンの従妹のことで、奇妙な事件があってな……調査に行った冒険者が、洗脳されて帰って来たんだ」


「カレンさん、来てませんよね……」


「……ああ。まさかとは思うが……」


 俺は史学の教科書を広げ、大陸の地図を出す。主要都市や山脈などの名前しか載っていないような荒い地図だが、今は十分だった。ダウジングを使うと、針は王都から伸びてリゴディバステのほうへと動いていく。


「……まずいかもしれない」


 俺はつぶやいて、生唾を呑んだ。


「カレンはリゴディバステに向かってる。たぶん一人で」


 なんと無謀にも、カレンは一人でラルフィンの救出に向かったらしい。


「そんな……軍が調査してくれるんでしょ?」


「待てなかったんだろうな。モス、マリル、出るぞ。ミスキは、軍のアイクって顧問官にこのことを伝えてくれ」


「う、うん」


 魔法学の授業中だがかまわず、俺はカバンを背負って席を立つ。


「ちょ、ちょっとデュラント君、フォルグ君、どこに行くのかね」


 教授が困惑気味に言う。


「すみません教授。あとで事情は話します」


 律儀にもミスキは一礼していた。

 俺はすぐに教室を出て、階段を降りる。


「めずらしいね。タクヤがだれかのために働くの」


 モスが意外そうに言った。


「……俺はそこまで薄情なわけじゃないぞ。ただ働きたくないだけだ……。今回のことは、俺としても気になることがあるしな。飛び込むぞ、“通勤魔法ゲート”」


 階段の下方部に魔法陣に囲まれた闇の穴を出現させる。俺たちはそこに飛び込み、穴に吸い込まれた。


 すると次には王都の外に出ている。この通勤の魔法は社畜の化身の固有スキルであり、いつの間にか使えるようになっていた。


 まわりはだだっ広い荒野である。

 ダウジングでカレンのいる方角を確認する。


「こっちだな。しかしもうリゴディバステのすぐ近くにいる」


「強い魔法ばっかり使って、だいじょうぶなのか、タクヤ」


 マリルが眉を下げ、心配してくれる。


「化身の方はそう乱発しなければ問題はない。こういう時でもなければまず使わないしな。モス、マリルを乗せて先行してくれ。俺もあとから追う」


「はいよ!」


 モスは光のような速さでマリルとともに消える。


 俺もそのあとを全速力で追う。軍隊が二日かかる距離であれば、おそらく俺とモスなら十分で着くだろう。


 こんなことなら走力の鍛錬もしておくんだったな。なまりきった体でなければすぐにカレンに追いついていたはずだ。


 移動しながら、そんなことを思った。


 リゴディバステが近づいたあたりで、感覚共有でモスを呼び止める。


 俺は荒野を見渡せる岡の上でしゃがみ、辺りを見た。リゴディバステは深い森の中にあるようだ。


「<合流しよう。岡の上に来てくれ。……いや、待て>」


 森の中から、怪しげな武装した集団が出てきた。

 紫と黒のローブに身を包んだ連中が、馬に乗ってどこかへ向かっている。神眼で見ると、武器をローブの下や荷物に隠している。人間だけではなく獣人、エルフなども混じっているようだった。


「<なんだ、あいつら……見えてたか、二人とも>」


「<うん。追った方がいいかな?>」


「<……いや。ここから2キロ先、リゴディバステが見える。カレンの状況を探るのが先だ。結界魔法があるから、マリルが消してから入ってくれ。透明化の魔法を忘れるなよ>」


 二人が返事をして、そのとおり実行する。


 感覚を共有しているためモスたちが見ている光景もわかる。一方で、俺は村の方角から出てきた武装集団がどこに向かうのかを見ていた。すこし離れたところに小さな町があるはずだ。


 モスたちが潜入に成功する。


 場所自体は普通の農村だが、異様さもあった。


 村人たちのほかに、所属がわからない警備兵が多い。それに従って使役させられているような村人たちの様子もおかしい。兵士になにか指示を受けている。


 なんなんだ、あいつらは……


 それに、外から干渉されない遠隔魔法結界のほかに、生物反応をとらえる感知結界まで周囲に張り巡らされている。

 ただの辺境の村にしちゃ警備が厳重すぎる。


 まずはここに侵入したと思われるカレンの救助をモスとマリルに依頼する。


「<マリル、モス。兵士に気づかれないようにカレンを見つけ出して、救出してくれ。たぶんそこに捕らえられてるかもしれない>」


 サーチをかけてみると、カレンの魔力の反応が村落のなかからある。


「<俺はあの武装した集団を見張る。カレンと、あとできたらラルフィンとかいう人を助けたら、あとは下がってくれ。他のことは軍に任せた方がいい>」


 二人に伝え、移動をはじめる。


 怪しげな連中を追って町に向かう。しかし武装集団は街の外に待機しており、遠くで魔法をなにか唱えている。


 すると地面に置かれた黒い宝石の数々から、次々と魔物があらわれた。


 大群、と言えるほどの数が出て、街の人を部差別に襲ったり、建物を破壊してまわっている。


 いつの間にか、平和だった町はモンスターで溢れかえっていた。


 ――どういうつもりなんだ?


 あの集団の目的はまるでわからない。顧問官の話が本当であれば、かなり凶悪な組織のはずだ。


 俺は街を見て、おどろいた。ここはクワルドラに住んでいたころにたまに訪れていた街じゃないか。


 ここからクワルドラからはかなり距離があるためにそうとは思わなかった。だが見覚えがある。


 このままだとヒエラさんたちまで危害がおよんでしまうか。とにかくあの連中を全員、しばって情報を聞き出すか。


「散炎」


 俺は中級魔法を唱え、火の玉を複数発生させる。それらを一斉に空中へ放ち、隕石が降り注ぐようにそれらが魔物や武装集団たちの上に落ちた。


 しかし手ごたえがない。魔物のほうはわずかなダメージを受けただけで消えてしまった。なにか生物ではないような感じだった。あの組織の連中による別のなにかなのだろうか。


 サーチで魔物が消えたのを確認し、武装集団の元へと行く。彼らにも魔法は命中し、全員くたばっていた。

 もちろん殺してはいない。話を聞き出さないとな。


 水の魔法をつかって彼らが反撃したり逃走しないよう縛り上げる。


 紫のローブの男へと近づき、声をかける。


「教えてくれ。あんたらはなんなんだ? 目的は?」


 男はあきらかにこちらを見た。なにかを言おうとしたその時、男の身体が灰になって溶けていく。


 これは……


 ほかの者も同様だった。砂のようになっていき、最後にはローブや武器の類だけが残る。


「何が起きた……?」


 しばらく呆然となったが、その間もなくモスから通信が入る。


「<タクヤ、カレンを見つけたよ。だけど……あぶない、かも>」


「<どういうことだ>」


「<あやしい連中に追いかけられてる!>」


 モスが言う通り、感覚共有に視界をもどすと森のなかを逃げまどうカレンの姿がうつった。

 幼い男の子と、その母親と思われる女性を連れて組織から逃げているようだ。金髪だと言っていたラルフィンらしき女性の姿はない。カレンのことだ、とりあえず目についた人を助けようとした結果追われているのだろう。


 しかしあの組織、やはりあんなに血相を変えて逃亡者を追いかけるなんて、どうもおかしい。


 そして逃亡もむなしく、カレンは捕まってしまった。ほかの親子ふたりが逃げる。どうやらおとりになったつもりらしい。


 しかし追手は止まらない。森の外まで出た親子だったが、警備兵がすぐ後ろまで迫っていた。

 親子が俺のいるほうへと逃げてくるのが見えた。しかしまだ距離はある。

 母親が実をていして捕まり、男の子がその先を逃げる。


「逃げて!」


 母親が叫んだ。男の子は迷ったあと走り出したが、黒い馬に乗ってきた兵士によって追われている。彼は男の子をとらえるどころか、後ろから槍で突き刺そうとしていた。


 とっさに、遠目からだが氷撃の魔法をつかった。敵兵を全身氷漬けにし、動きを完全に停止させる。


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