第16話


16


「本当にやったね、タクヤ」


 ロビーが言う。彼は俺の中等部入学を心からよろこんでくれた。


 もちろん俺は学業に専念するつもりはまったくない、というかがんばらないことをがんばるわけなのだが、ロビーが機械の神になるためには近くで支持してやらないといけない。


「ロビーが学校に慣れるまでの間だけだからな」


 慣れたらこんなところに用はない。


「なら僕、ずっと慣れないでいるよ」


「ふざけるな……」


 茶化すロビーを、俺はたしなめる。こういう風に誰とでも打ち解けてくれたらいいんだが。


 学科はちがうが、これから近くにいてやれるだろう。とにかく俺はロビーをサポートしてやるだけだ。


 そこで別れ、俺は教室に入る。

 まあ入学してから一か月経つわけだが……


 俺はいまだに友達ができていない。というかクラスメイトとほとんど話したことすらない。


 ロビーに、あんなにえらそうに早く慣れろだとか言ってるくせに、である。


 おそらくだが、原因はわかっている。それは彼らの態度を見ていればわかる……


「あ、あのすみません。前いいですか……」


 男子生徒二人が、なぜかひどくおびえながら俺の前の席にやってきてたずねてくる。


「……どうぞ。……あとそんなに怖がらないでください」


「は、はひっ」


 普通に言っているのに、なぜか怖がられてしまう。


 理由はシンプルだ。錬金術科の半数は小学部からのエスカレーター組ではない俺と同じ中等部編入だ。まず彼らには試験での出来事を直接見られてしまっているため、理解不能なやつとしてかなり距離を置かれている。……というか触れちゃいけないやつみたいな扱いになってしまっている。

 しかも他の一般生徒にまで『入学試験で教師をボコボコにした生徒』という悪いうわさが流れてしまっている。

 それは実技試験なんだからしょうがないだろう。俺が悪いのか?


 ロビーのために絶対受かってやろうと意気込んだ結果が、こんなことになるなんてな……。


 イメージを変えるために挨拶しようとしても最初からあからさまに逃げられる始末だ。

 というわけで、友達はゼロ。これじゃロビーに何も言えない。

 やれやれ。これからは目立つことはひかえよう。


 俺が鞄からノートを取り出すだけで、その音を聞いて、ほかの生徒たちがおびえる。リアルに「ひっ」とか言ってくる。


 なんなんだ、このありさまは……。


「あの、隣いいですか……?」


 控えめでおしとやかな女子生徒が言った。長机の俺の隣に座りたい、ということなのだろう。俺はおどろき戸惑ったが、「ああ」と返す。


 彼女はしゃべる声こそ小さかったものの、こちらにおびえているような様子はない。


 怖がらずにふつうに接してくれる子もいるんだな、と俺は安心する。


 講義の後、実験室へと移動する。そこで女性教師による錬金術の解説がはじまる。


「錬金術とは前も言いましたが、魔力をあげるような効果を持つ道具や武具をつくったり、あるいは物に付与したりすることを言います。魔導機械とも通じている点が多いためそちらもみなさんは学ぶことになりますが、この授業ではじっさいの錬成法を簡単なものから実践していきます。今日は魔女鍋を使った、調合錬成という基本的な錬成方法をやってもらいます」


 調合錬成か。これは薬草の調合にも使われる。でかい鍋に混ぜたいものをぶちこんでかきまぜ、その下にはコンロ代わりに錬成陣を描いておくというシンプルなものだ。

 座っている席によって班分けが自動で決まった。俺の班はさっきのおとなしめな女の子と、あとは全員俺のことを知らない小学校からのエスカレーター組だ。中等入学組は俺を避けて遠くに固まっている。露骨だ。


「レシピに書いてある順番どおりにやればいいんだろ? さっさと終わらせようぜ」


「こんな感じだろ?」


 班の生徒たちがちゃっちゃっと準備を済ませていく。俺はというと、特に作業には加わらず念のため調合に使う素材に不純物が混じっていないか注意して調べていた。これを怠ると、最悪まったちちがうものができあがったりしまったりする。人体に影響を与える薬剤を作る場合はもっとも重要な作業だ。


 まあ今回はレベルの低いアクセサリーをつくるだけなので、別にここまでやる必要もないのだが、クセでつい素材が気になってしまう。

 この班はスピード重視でやったために、他の所より早く出来上がった。


 鍋のうえに、数珠のようなブレスレットが浮き上がる。


「あれ? なんかガラクタみたいのができちゃったよ……」


 女子生徒が言う。

 たしかに腕輪の色と魔力がくすんでいる。

 それだけではない。生まれた直後に、灰へと帰った。ま、初めはこんなものだろうな。


「ええーなんでだよ!? 書いてあるとおりやったぞ!?」


 まさかこの班の生徒は調合錬成はあまりやったことがないのか。きわめてオーソドックスで効率的、かつ基本的な術式だというのに。


「魔法錬成なら簡単につくれるのになぁ。なんで古臭い調合錬成なんていまさらやるんだろ?」


 眼鏡をかけた生徒が呆れ気味に言う。


 あきれたいのはこっちだ。なにを言っているんだ。魔法錬成は魔力が多少使えるやつならたしかに簡単だ。だが魔法錬成では純度の高いもの、高密度のものは作ることができない。調合錬成のほうがはるかに作れるものの質が安定しているうえに勝っている。


 教えるべきか。しかし、下手に目立つのも面倒だ。

 俺が迷っていると、班員のなかでひとりなにか言いたそうにもぞもぞと座ったまま身じろぎしているやつを見つける。一限目の講義で隣の席だった子が。


「なにか言いたいことがあるなら言ってみたらどうだ」


 俺はそれとなくうながす


「い、いえ……しかし……」


「あんたも班員だろ。言う権利はある」


「なんだ?」


 男子生徒がこちらに反応する。


「え、えーっと……錬成陣はただ図式をそのまま真似すればいいわけではありま……せん……」


 聞き取れないくらい小さな声だ。あまり人前で話すのが得意ではないらしい。


「えっ、ほんとかよ!?」


「なになに?」


「調合錬成って、錬成陣ってただ書くだけじゃだめなんだって」


「そうなの!?」


 班員たちがおどろいている。


「は、はい……そうです。錬成陣をつかった複数の素材による精製法は……複雑な……構築がもとめられるので、ただの式でも、ひとつひとつの箇所の意味や役割を理解したうえで描かないと、陣に魔力は正確に込めることができませ……」


「そのとおりです、ミスキさん。これはあえて皆さんにやってもらったのですが、錬成陣を構築する線や文には、ひとつひとつ意味があります。それらは魔法文字であるので、役割を理解したうえで描かなければ生成において効果は半減してしまうのです」


 ミスキの言いかけていたことを、先生がくわしく生徒全員に教えてくれる。

 おお、と教室で歓声があがる。

 ミスキはとても恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


「あ、あの……」


 ミスキはこちらを見て言う。


「ありがとう……」


 目を合わせてはくれないが、クラスメイトにお礼を言われるのはこれがはじめてだな。

 それに、言うか言うまいか迷っていたところに助けがあらわれてよかった。


「勉強になった」


 俺はみじかくそうつぶやくように返した。


 休み時間に一人で校舎をうろつき廊下を歩いていると、掲示板にある張り紙があった。


『ビーストテイマーは使い魔を連れてきていいものとします』


 と書かれている。使い魔じゃないけど、モスなら大丈夫かな。


「へえ、そうなんだ……。テイマーじゃないけど、あいつ連れてきてみるか」


 それから日が経ち、俺はモスも連れて登校するようになった。

 話してみたところ人が多いところは嫌だと言っていたが、魔法の勉強はしたいらしい。


 そういうわけで学園生活はすでにはじまっていたわけだが、あいかわらず俺はロビーのことをなにも言えないような状態でいた。

 どうしたものかと、ここずっと考えている。


 ベンチに腰かけて、芝生広場を見つめながらいい案はないものかと考える。モスは呑気に俺のひざのうえで寝ており、撫でられて気持ちよさそうにしている。


「あ、デュラントくん……一角獅子?」


 そこに、ミスキさんが通りかかった。どこかで読書でもしていたのか、本を片手に持っている。


「ミスキさんか」


「あ、話しかけちゃってごめんね……」


 と、彼女は急にしおらしくなった。


「ごめんって、なにが? それより、ミスキさんて錬金術くわしいんだな。いつも実験の授業になると、なんか活き活きしている気がする」


「え? いえ、私は道具作りとかが趣味で……偶然です。あ、あの、デュラントくんってビーストテイマーだったんですか。魔法の知識もすごいし、どうして錬金学科に……」


「ああ……俺はテイマーじゃないぞ」


「え!? テイマーじゃないのにつれているんですか!?」


「あー……それは置いておいて、こいつ、魔法の勉強したがってたからさ。いい機会かなとおもって。モスって言うんだ」


「モス……くん?」


「ああ。あのさ、ミスキさん。よかったらこれからも俺の話し相手になってくれないか。なんか、ほかのクラスメイトからは、避けられてて……というか、中等入学組に……」


「避けられてる? そうなんですか? こんな私なんかと仲良くしてくれる、いい人なのに」


 ミスキは不思議そうにしていた。いい子だな、ほんとに。


「こんな、なんてことはない。君がいなかったら俺は……」


 マジでロビーになんも言えねえよ。


「実は、俺の友達が機械科に入ってるんだけど、かなり人見知りでさ。友達作れ、とか、早く学校に慣れろ、っていつも俺はえらそうなこと言ってたんだけど、これじゃ恰好も説得力もなくて……よかったら、俺と友達になってほしい。できたらそのロビーってやつとも」


「ぜ、ぜひ。私なんかでよければ……よろしくお願いします」


「よかった。よろしくミスキさん」


「はい。モス君とも、仲良くなれたらいいな」


 ミスキはモスをのぞきこむ。興味があるようだ。

 モスは顔をあげると、見たことのないような悪い目つきになって言った。


「僕はタクヤ以外の人間となれ合う気はないです。あとモスって呼ばないでください。タクヤ以外の人間は嫌いなので」


 つーん、とそっぽを向き、そのまま俺から離れてトテトテと歩いてどこかへ行ってしまった。


「……お、おい」


 呼び止めたが、モスは聞いていない。まあわかっていたことだが、あいつは俺とマリル以外には基本的になつかない。


「え? ごめん……私、なにか気を悪くするようなこと言っちゃったかな」


 なぜかミスキが責任を感じたようで、口を手でおおって目に涙を浮かべる。


「あ、いや、これはミスキさんが悪いわけじゃないんだ。昔その……色々あってな。でもミスキさんがいいやつだってわかってくれたら、あいつもたぶん打ち解けてくれる」


「ごめんなさい。私、やっぱりなにか傷つけるようなことを……。すみません、ちょっと出直してきますね……」


 俺の下手な説得もむなしく、ミスキはうつむいてたたっとどこかへ走り去った。


「あ、いや本当に違うから……!」


 呼び止めようとしたが、やはり聞いていない。

 おかしいな、友達つくるのってこんなに難しかったっけ?

 なんだか前途多難だな。


「あれれ、フラれちゃったのかな」


 どこからともなくあらわれたのは、生徒会長だった。この人はやたらとかまってくるな。


「あなたは……イダンさん」


「やあセルト君。先生方から聞いたよ。入学してからは、おとなしくしてるんだってね。普通に錬金術の授業もうけてるんだとか」


「当たり前です。道具を精製する方法などを学ぶのはためになります」


 そこまで真面目にやってるわけでもないのだが、つい興味が出て実験も率先してやってしまうんだよな。

 いや、はっきり言おう。どうも社畜時代のくせで一度始めてしまうとなかなかサボるというのが難しい。抵抗があるものだ。


「はぁ。ちがうだろう……? 君は天性の魔術師のはずだ。錬金術を学んで満足か」


 怒りまじりの、大きなため息を生徒会長は吐いた。

 続けて問いかけてくる。


「なぜそんなに意識が低いんだ。魔法研究クラブの勧誘もことわったそうじゃないか……。なぜ君は自分の才能から逃げるんだ」


 そう、言われてもな。


「……俺が本当に持っている才能は……俺を苦しめるだけです」


 なんかかっこいいセリフになってしまったが、社畜の才能の話だからなこれ。

 それとなく言って、俺はその場をあとにする。



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