第23話 飲食店営業と喫茶店営業

 あまりに拍子抜けするほどに簡単にコーヒーが買えてしまった昼間、その後はお昼にサンドイッチとコーヒーを味わって、午後の仕事にも集中でき、今日は定時で仕事を終わらせる事ができました。

 そこから電車に揺られて帰宅して、シャワーを浴びて着替えてまた戻り、いつものコーヒー焙煎の光景を見学する、いつものルーティーンに戻った訳で。コーヒースタンド『ピーベリー』の前には、すでに二人の見学の人がお店の奥を見ていて、もう焙煎などの作業が始まっている事がわかりました。

「あ、お疲れ様です」

 その人たちにいつも通りの挨拶をして、私もお店の奥を覗いてみると、やはり奥では店員さんが、白いお皿の上にコーヒー豆を広げてチェックする『ピッキング』の最中でした。


チャチャチャチャ……チャリッ、チャッ


 小気味良いリズムでコーヒー豆が左から右へと選別され、不要な豆が取り除かれて行きます。





 そんな焙煎作業が続いていた所で、ある人が奥の店員さんに話を切り出します。

「そう言えばこのお店、食べ物を置かないよな? ちょっと摘まめるフードがあるだけで、一気に客単価が上がると思うんだけど、その辺の経営はどうなの?」

 それは私も思っていた所でした。以前に遠藤さんも言っていたように、ちょっとした食べ物を置くだけで、リピートする人は多くなると思っているのは、他の方々も同じようでした。そんな素朴な疑問に、奥の店員さんは一旦手を止めて返答してくれます。


「話すと長くなるんですが……」

「全然かまいません。時間はありますし」

 私の答えを聞いて、腕組みをしつつ難しい顔をして、奥の店員さんは答えてくれました。

「まず、飲食店を経営するにあたって、保健所に許可を取るのは知ってます?」

「はい」

「では、その申請には『飲食店営業』と『喫茶店営業』の二種類あるのはわかります?」

「あ、そうなんですね。知らなかったです」

「まあそうなんです。で、『飲食店営業』の場合は食べ物を作って提供ができる訳です。ただし、ちゃんと店内の厨房設備などを整備しないとダメだ、と」

「はいはい」

 私は奥の店員さんのお話に相づちを打って、先をうながします。

「それで『喫茶店営業』の場合は、食べ物の調理をしない代わりに、厨房設備などにそれほど厳しい制限が無いんです。このコーヒースタンドのスペースでは厨房設備や間仕切りが設置できないので、『喫茶店営業』で申請を通したんです」

「あ、なるほど。つまり調理をしない方の営業申請をしたんですね」

「そういう事です」

 ようやく納得できました。まず基本的に、調理設備を入れられるスペースが無い事、そのため店内調理ができない許可申請で保健所に通してしまっている、これが原因でフード類を置けないようなのです。

「別に場所を借りてそこで調理をするという手や、他から卸してもらって食べ物を置くのもできるんですけど、現状は焙煎作業で手一杯ですから……。置くとしても、煎餅せんべいくらいですかねぇ」

 ボヤキにも似た奥の店員さんの言葉を受けて、ちょっと想像してみました。

 美味しいコーヒーに醤油味のお煎餅せんべい……。なんとも微妙な取り合わせで、あまり味わいの想像がつかなかったです。これはこれでアリなんでしょうけど。下町のおばぁちゃんの、縁側でのお茶の風景が浮かんでしまいました。


「とりあえず、お菓子などを扱ってるおろしのお店を巡ってはいますが、いまいちピンとこないと言うか。そんな訳で、まだフード類は置けてないんですよ。すいません」

 申し訳無さそうにうなだれるように、頭を下げてくる奥の店員さん。

「いえいえ、大丈夫ですよ。店員さんのこだわりはわかりましたから」

 あわててフォローに入る私。


 そんな裏事情を知って、ちょっとでも力になりたい気持ちもありつつ、でも難しくて手が出せない。そんなもどかしさを感じて、その日の焙煎作業は終わりになりました。

 焙煎したコーヒー豆をザラザラと袋に戻し、口を縛って後ろの棚に納めてから、改めて私たちの方に向き直り、奥の店員さんは一礼をして片付けに入ります。

「今日もわざわざ来て下さいまして、ありがとうございます。今回みたいに質問がありましたら、答えられる範囲で答えますので」

 言葉に力の無い奥の店員の挨拶を聞いて、今日の質問はちょっと良くなかったな、と反省する、そんな日になってしまいました。

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