其れもひとつのタイミング…。

「はい、生二つ。お待たせしましたっ!」

賑わう店内。彼方此方で仕事を終えた人々がグラスを交わし談笑している。


「じゃあ、とりあえず…乾杯っ!」

「乾杯!」


「ぷっは~っ!いやぁ、労働の後の一杯はやっぱり格別ですよね…」

「お前、今日は短いシフトだったろ?大して働いてないだろう?」

「先輩?それを言ったら台無しです…。短かろうが労働は労働です!」


笑いながら、"突き出し"として出された鮪の煮付けに箸を伸ばす後輩。


「これ、なかなか旨いですね。なかなか普段食べないですしね」

「煮物って、なかなか家では食べないしな…忙しくて作ってられない」

「そうですよね…。家で夕飯食べてた頃は、『また煮物か…』なんて思ってましたけど。もう今ではあまり母親の作る料理も食べてないし…外食ばかりで。あ、そういえば…。先輩?"修羅場"になったことってあります?」

「いいや。特に無いけど…。いきなりどうして?」

「でしょうね…。無さそうですよね…先輩には。じゃあ、修羅場に遭遇したことは?」

「遭遇?うん…特に無いかな…。だから何で?」

「僕、この前遭遇したンですよ…修羅場」

「へぇ…。どんな?」

「この前、バイトに行こうと思ったら、駅のホームで喧嘩を見掛けたんです。それが何ともちぐはぐな見た目のカップルで、あ…大きなお世話なんですけどね?彼は上から下まで全身パンク。彼女の方はワンピースで長い髪の、ちょっと大人しそうな感じで。そもそも何でつきあってる?って感じだったんですけど…」

「あぁ…、俺も何日か前に、そんな感じのフラレたっぽい女の子見掛けたよ。黒い長い髪にワンピースで赤い壊れた傘を差して、雨の中ずっと立ってた…」

「あれ?赤い傘持ってましたよ…確かその子も。まさか同じ子だったりして?」

「まさか…。まぁ、色んなカップルが居るからね…。パンクスはパンクスと付き合わなきゃ駄目って訳でもあるまいし…」

「そうなんですけどね…。やっぱり浮気か何かですかね…。先輩って浮気したことあります?」

「ないね…」

「でしょうね…。でも、先輩って遠距離恋愛長かったんですよね?」


「枝豆と"あたりめ"、お待たせしました!」

届いた枝豆に早速、手を伸ばしながら先輩は答えた。


「中学生の頃からで八年…かな。就職でこっちに戻って来たから」

「八年って凄いですよね…。別れようと思ったことなかったんですか?」

「あったよ…そりゃあ」

「でも別れなかった?他の子に目移りもしなかった?」

「結果的にね」

「そもそもは?」

「中学の同級生だったんだけど、中三の時に親が転勤になってね。今だったら単身赴任にでもなるんだろうけど家族で引っ越して、俺も彼女と付き合いだしたばかりだったし、"遠距離"が原因で別れたくはないな…と意地になってたと思うんだ…。でもいつの間にか、別れないことに頑張るのも違うかな?と思ったら、そんな意地もなくなってね…」

「で、高校・大学と離れ離れですか…。大学でこっちに戻って来ようとは思わなかったんですか?彼女が先輩と同じ大学に行くとか?」

「そりゃあ、こっちの大学を幾つも受けたよ…。でも全滅…。彼女の方は、『独り暮らしは駄目』って言われてたし」

「そこは、絶対こっちの大学受からなきゃ駄目なところじゃないですか!?」

「だよね…。浪人して、こっちの大学に入るかどうするか…。でも地元の国立は受かっていたから、親としては『出来れば国立行ってくれ』って…」

「現実問題ですね…。僕も今の私立しか受からなくて、親に申し訳なかったですよ…。で、就職でようやくこっちに?」

「そう…」

「で、今一緒に暮らしてるんですよね?」

「そう…」

「なら、彼女に煮物作って貰えばいいじゃないですか?」

「いや、彼女だって働いてるし…」

「どうなんですか?八年越しの遠距離恋愛の末、一緒に暮らすって?」

「まぁ、いいじゃない…。お前だって彼女、居るんだろ?同棲とかしないの?」

「もう、つきあい始めて三年なんで、そんな雰囲気にはなったりしますよ…。だから教えて下さいよ…。結婚とか考えてたりするんでしょう?」

「まぁ、するんだろうね…結婚。そんな話はまだ一度も出てこないけど…」

「するんだろうね…って?!他人事ですね…随分。話出てこないって、そこは先輩が話切り出さなきゃ駄目なところでしょう?八年なんだから?」

「逆だよ…。八年経ってようやく一緒に居る様になって、逆にすぐ結婚ってタイミングなのかな…と。『今なのか?』…と」

「タイミングねぇ…。そうですよね…タイミング…。先輩は結婚…。僕は同棲…。タイミングですよねぇ…。僕もね?先輩ほどではないですけど、三年ですからね…。一緒に住んでもいいかな…とは思っているんです…。彼女も独り暮らしだし。でも…、いや…、彼女が独り暮らしだからって、そこに転がり込むって何だか嫌なんですよね…。狭いってこともありますけど。同棲するんなら、彼女も今の部屋出ることになるだろうし、僕は実家暮らしだから、三年生になって独り暮らしするって言い出しても親が『何故今更?』となるでしょうしね…。タイミングなんですよね…全ては」


「そう…。タイミングだよな…」


ふぅ…と、同じタイミングで溜息をつく二人…。二口、三口と二人は黙ったままジョッキの中のビールを口にする…。沈黙…。

少しして後輩が口を開いた。


「じゃあ、こうしましょう!今夜は目一杯呑む!呑んじゃう!呑んで帰って…、その勢いで先輩も僕も彼女たちに切り出しましょう!先輩は結婚の話を…僕は同棲の話を…」


「はぁ~?!意味が分からないよ…」

「"勢い"だって、ひとつの…タイミングですよ!いいアイディアでしょう?」


後輩は満面の笑みを見せた。


「あ…、もちろん今日は先輩の驕りで!目一杯呑んで、勢い付けしちゃいましょう!」

「お前、ホント最低だよ…」


苦笑いをしながらも先輩は、店員を呼び生ビールのお代わりを二つ注文した…。



-了-

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